痩我慢やせがまん)” の例文
甲州までには、小仏、笹子の両難所を控えて三十余里の道、ひととおりの痩我慢やせがまんではやれまいに、ともかく、やるだけやらせてみろ。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ヨシ、それまで知っているなら、痩我慢やせがまんはよして、ギリギリ決着の取引きをしよう。実際、俺は不意を打たれてびっくりしたのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
主人その人は自分に書画骨董を識別する眼力なくとも何か一つ位高価な物を床の間へ置かないと風流らしくないという痩我慢やせがまんから
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
傷ついた二番目娘のお勢は、姉のお里の介抱で、どうやら元氣を取戻し、平次を迎へたときは、もう痩我慢やせがまんらしい微笑さへ浮べて居りました。
『はゝ、痩我慢やせがまんをするなよ。』と、初めの男ははり笑つてゐた。『実はこの男はあんまり女の子等に可愛がられた天罰で、横痃よこねつてゐる。 ...
赤膏薬 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
我輩はまずこの過渡期に痩我慢やせがまんでもなんでも我慢をして先鋒をやるが、長い間には時に新手の顔が現れて来なければ困る。
政治趣味の涵養 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
早足と食溜くいだめなども昔の人の長処ちょうしょであった。一度にうんと食べて二日も三日も食わずに働けるのは体力で、単なる痩我慢やせがまんではできない芸当である。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
淋しさと、心もとなさと、不安は、知らず知らず彼等を襲ってきた。だが彼等は、それを、顔にも、言葉にも現わさないように痩我慢やせがまんを張っていた。
前哨 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
叔母は自分の意見を採用しながら、まだ、痩我慢やせがまんに態のよいことを云ってると見て取り、得意の微笑をうかべながら
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
昔スパルタの教育に、狐を隠してその狐が自分のはらわたをえぐり出しても、なお黙っていたということがあるが、今はそういう痩我慢やせがまんはなくなったのである。
教育と文芸 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は寒い冬のなぞ、日本伝来の迷信に養われた子供心に、われにもあらず幽霊や何かの事を考え出して一生懸命に痩我慢やせがまんしつつ真暗まっくらな廊下を独りかわやへ行く時
そしたら君は大金持だ。武田君、僕は君が痩我慢やせがまんを捨てて、僕の軍門に下ることを祈る。僕が生きているかぎり、日本はとてもわが米国と戦争なんか出来っこないよ。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
彼はたかが女一匹とふたたび心で叫んで見たが、それはもはやむなしい痩我慢やせがまんにすぎない言葉だった。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
家一つ戴いて何程どれほどの事があろう、痩我慢やせがまんな行過ぎだと、小腹が立って帰りましたが、それといって棄てておかれぬ、直ぐにといってお嬢様が、ちょうどまたお加減が悪い処
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
名倉の阿爺おとっさんなぞは、君、今に僕が共潰ともつぶれに成るか成るかと思って、あの通りじっと黙って見てる……決して僕を助けようとはしない。実に、強い人だネ。僕もまた、痩我慢やせがまんだ。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
昔の多少は大人おとなげなく見えた蘇武の痩我慢やせがまんが、かかる大我慢にまで成長しているのを見て李陵は驚嘆した。しかもこの男は自分の行ないが漢にまで知られることを予期していない。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
たとえ、四等にうずくまって居ても、こゝに集まって居る見物の殆どすべてよりも、芝居に就いては、分って居るのだ。そう思うと、淋しい痩我慢やせがまんが出来た。自分は可なり熱心に見て居た。
天の配剤 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お帰りになったときのよろこびが余計になるばかりだと思って、痩我慢やせがまんしていたんだけれど、——あなたがもうお帰りになると私の思い込んでいた時間をずうっと過ぎてもお帰りにならないので
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
とわけのわからぬ負け惜しみの屁理窟へりくつをつけて痩我慢やせがまんの胸をさすり、家へ帰って一合の晩酌ばんしゃくを女房の顔を見ないようにしてうつむいて飲み、どうにも面白おもしろくないので、やけくそに大めしをくらって
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「強情ね。痩我慢やせがまんね。いつまでも、あなたは」
女婿 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
だが、グラス持つ手は、彼の悲壮な痩我慢やせがまんを裏切って、みじめにも打震え、中の液体がボトボトと卓上にあふれ出た。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
やや分別臭ふんべつくさいのまでが、何しろ天下の豪傑だから、このくらいのことは無理もありますまい——と痩我慢やせがまんをする。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
見方次第では痩我慢やせがまんとも虚栄心とも解釈のできるこの気位が、叔母に対する彼女を、この一点で強く牽制けんせいした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「だって、住吉すみよし、天王寺も見ないさきから、大阪へ着いて早々、あのおんなは? でもあるまいと思う。それじゃ慌て過ぎて、振袖にけつまずいて転ぶようだから、痩我慢やせがまん黙然だんまりでいたんだ。」
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が親分さん、これが仲間や他人なら、痩我慢やせがまんも申しますが、親分の前で、体裁の良いことを言っても、何にもなりません——どんなに歯軋はぎしりしても、三村屋は今日限りでございます。
それは痩我慢やせがまんともばちとも思えるものだった。しかし一番底の感情は、都会っ児の彼の臆病からだった。彼は斯ういう態度を取って居なければ直ぐに滅入った気持ちに誘い込まれた。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
はじめ捕えられたとき、いきなり自分の胸を刺した蘇武に、今となって急に死を恐れる心がきざしたとは考えられない。李陵は、若いころの蘇武の片意地を——滑稽こっけいなくらい強情な痩我慢やせがまんを思出した。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「それが痩我慢やせがまんですよ。あなたはそれが癖なんですよ。損じゃあ、ありませんか、好んで人にきらわれて……」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)