狡智こうち)” の例文
陰険で、しんねりずる劉高りゅうこうは、そんなこともあろうかと、花邸かていの諸門に見張りを伏せておき、その狡智こうちがまんまと図にあたったことを
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そもそもどこからあれだけの狡智こうちを得てきたのか、彼はわれながら合点がいかなかった……とすぐに、戸締まりの栓を抜く音が聞こえた。
狡智こうちの極を縦横に駆使した手紙のような気がしていたのですが、いま読んでみて案外まともなので拍子抜けがしたくらいです。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
そして、それが同時に川手氏をこの上もなく脅えさせる手段ともなったのですから、犯人の狡智こうちには全く驚く外ありません。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これこそたぐい稀れな犯人の狡智こうちの手段でありまして、この置き残された鈴一つに、歌川一馬先生を自殺の形で殺す時の用意がこもっていたのです
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
灰色でなく、上部はそっけなく見せながら油断を見澄まして搦手からめてから人の愛着の情に浸み込もうとする狡智こうちの極のびを基調の地に用意しています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これらの型の差異は、必ずしも道徳的な善悪の差ではなく、多くは手腕や才能の差であり、マキアヴェリの狡智こうち、策略、知恵、聰明そうめいの問題であることが多いのである。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
えもせず、じっと瞳をえて人間を見わたしている、狡智こうち、残忍というかっとなるような光。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そしてある日大溝渠こうきょの中で出会った男がいかなる人物であったかを、狡智こうちによって発見した、あるいは少なくとも帰納的に察知し得た。その名前までも容易に推察した。
しかも女人の顔といふものは、その爪のむざんな攻撃の前に、おどろくべき柔軟自在な、ときにはしぶといまでに不逞ふていな、狡智こうちのかぎりをつくして抵抗するものなのである。
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
かくも狡智こうちな犯罪を企図した、社会の攪乱者、人間性の破壊者に対しては、はたしてモネス探偵の言うごとく、現行の法律が手も足も出ないほどの無力なる存在であったかどうか
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
私達は自分の言葉故に人の前に高慢となり、卑屈となり、狡智こうちとなり、魯鈍ろどんとなる。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「理知の人」の幻の特徴——倦怠アニュイの空気にはまりこんで、絶えず不安の暗い影がその身辺をかすめながらも、そこから抜け出すことのできぬ、「冷たい懐疑」と「貪婪どんらんたる狡智こうち」と
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
中谷も一旦は調べられましたがもとより狡智こうちけた彼は巧く云遁いいのがれたようです。
流転 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
狡智こうちで、一生を、楽々と送ることばかり考えて来た人間だ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
あらゆる女を経てきた彼の自信は、いまやどうそれを𩚚欲あくよくすべきか、愉しもうかと、まずは思案するほどな、ゆとりと狡智こうちなのだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の魂は高邁こうまいだった。その学識は深遠であった。そして彼は俗界の狡智こうちに馴れなかった。小児の如くに単純だった。
道鏡 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
だがもう肺尖などとうに治っている。保養とは世間の人に云う上べの言葉で、……と規矩男は稚純に顔をあからめながら、やや狡智こうちらしく鼻の先だけで笑った。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
重ね重ね、私がぱちんと電燈を消したということは、全く私の卑劣きわまる狡智こうちから出発した仕草であって、寸毫すんごうも、どろぼうに対する思いやりからでは無かったのである。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
前にいった狡智こうち、機略、聰明そうめいの資質に含めてよかろう。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
わざと、こなたの手出しを誘い、それを合図に、また口実に、いっせい市街から大内へまで、なだれ込まんとする憎い狡智こうちだ。そう思わぬか
胸の秘密、絶対ひみつのまま、狡智こうちの極致、誰にも打ちあけずに、そのまま息を静かにひきとれ。やがて冥途めいどとやらへ行って、いや、そこでもだまって微笑ほほえむのみ、誰にも言うな。
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
玉日は、是非の判断なくいいきってしまった言葉のてまえ、その狡智こうちな眼が怖くもあり、なんとしても防がなければならない気持に駆られた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浅田の狡智こうちにだまされた青砥左衛門尉藤綱は、その夜たいへんの御機嫌ごきげんで帰宅し、女房子供を一室に集めて、きょうこの父が滑川を渡りし時、火打袋をあけた途端に銭十一文を川に落し
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その水玉の傘が地まで落ちないうちに、河中の鶺鴒せきれいはぱっと跳んで返って、いわゆる抜く手も見せない間髪に、狡智こうちけたその卑怯者を斬りなぐった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本当に、私はあの手紙の一行々々に狡智こうちの限りを尽してみたのです。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼方かなたに立ちどまっているお通の姿を見てから、急に、老婆としよりらしい狡智こうちを思いついて、胸のうちでそう呟いた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然し、こうはずのないのが、血気派だった。頑然がんぜんと首を振る。額にすじを走らせて、それを大野の狡智こうちである、臆病である、又いやしむべき武人の態度だと罵って
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
窮地となっても、意地きたなく、小心狡智こうち、あらゆる非武士的な行為にみずからじても、飽くまで生きて帰るところへ帰ることをもって、乱波組に働く者の本旨とする。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかにも、仰っしゃる通り、狡智こうちけた官僚くさい男ですが……ただ彼奴は、常陸の内情を
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが伊織は、狡智こうちけた狐のことだから、そう人間の眼には見せて、実は自分の後ろにかくれておりはしないかと、そこらの草むらを、足で蹴ちらしながら、詮議せんぎしてみた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、そこに彼の狡智こうちと、売名上手がひそんでおる。世の同情は彼の期したとおり、彼の一身に集まった。——けれどあの勝負などは、わしの眼からみればまるで児戯にひとしい。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右手の中指を、頬のクボに当てて考え込む容子ようすは、たとえば、狡智こうちけた老獣ろうじゅうが、餌物を爪で抑えながら、さてどう肉をさばいて食おうかとしているような余裕とほくそ笑みをつつんでいる。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
狡智こうちをしぼって、彼の案出したのが、西洞院にしのとういんの西の空地へ、吉岡流兵法の振武閣しんぶかくというものを建築するという案で——社会の実態をかんがみるに、いよいよ武術はさかんになり、諸侯は武術家を要望している。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
汝、いかに狡智こうちろうすとも、力をもって荊州を取ることを得んや
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あの薄あばたが、やりおりそうな狡智こうちではある!」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)