“焦(いらだ)” の例文
諸君(しよくん)も御經驗(ごけいけん)であらうが此樣(こん)な時(とき)にはとても眠(ねむ)られるものではない、氣(き)を焦(いらだ)てば焦(いらだ)つ程(ほど)眼(まなこ)は冴(さ)えて胸(むね)にはさま/″\の妄想(もうざう)が往來(わうらい)する。
ああ、もうもう思うまい思うまい、悲しいんだやら、こう気が焦(いらだ)ってくるばかりで、やはりこれが悲しいんであろう。涙が知らずに湧いて来る。
気を焦(いらだ)って源助町の比企一隆斎、鏡丹波らが、一時に左右から斬りこんで、たちまち打(ちょう)ッ! の刃音、発(はつ)! の気合い、混剣乱陣(こんけんらんじん)の場と化し去ったが、茨右近は
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
親の事だから頻りに焦(いらだ)って、和(あが)りをいそいで居るらしいのだが、之もまだ容易に聴牌したようすはなく、おまけに彼は道子の上に居るので索字を握って放さぬから、尚更
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
そこには逆らう感情や、衒(てら)う心や、主我の念は許されておらぬ。よき器物には謙遜(けんそん)の美があるではないか。誠実の徳が現れるではないか。高ぶる感情や焦(いらだ)つ姿は器には相応(ふさわ)しくない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
翁は焦(いらだ)つように訊いた。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
今(いま)かく空腹(くうふく)を感(かん)じて居(を)る塲合(ばあひ)に、あの魚(さかな)を一尾(び)捕(とら)へたらどんなに嬉(うれ)しからうと考(かんが)へたが、網(あみ)も釣道具(つりどうぐ)も無(な)き身(み)のたゞ心(こゝろ)を焦(いらだ)つばかりである。
そこには逆らう感情や、衒(てら)う心や、主我の念は許されておらぬ。よき器物には謙遜(けんそん)の美があるではないか。誠実の徳が現れるではないか。高ぶる風情や焦(いらだ)つ姿は器には相応(ふさ)わしくない。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
然(しか)し、春枝夫人(はるえふじん)と日出雄少年(ひでをせうねん)とは私(わたくし)が堅(かた)く友(とも)に保證(ほしやう)して居(お)る人(ひと)、且(かつ)は纎弱(かよわ)き女性(によせう)と、無邪氣(むじやき)なる少年(せうねん)の身(み)であれば、先(ま)づ此(この)二人(ふたり)をば避難(ひなん)せしめんと頻(しきり)に心(こゝろ)を焦(いらだ)てたのである。
もし器の美がなかったら、世は早くも蕪雑(ぶざつ)な世に化したであろう。心は殺伐に流れたであろう。器の美なき世は住みにくき世である。今の世が焦(いらだ)つのは、器が醜くなったからではないであろうか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
もし器の美がなかったら、世は早くも蕪雑(ぶざつ)な世に化したであろう。心は殺伐(さつばつ)に流れたであろう。器の美なき世は住みにくき世である。今の世が焦(いらだ)つのは、器が醜くなったからではないであろうか。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)