油然ゆうぜん)” の例文
実生活の圧迫を逃れたわが心が、本来の自由にね返って、むっちりとした余裕を得た時、油然ゆうぜんみなぎり浮かんだ天来てんらい彩紋さいもんである。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鏡葉之助は小屋の前にやや暫時しばらく立っていた。不思議にも彼の心の中へ、何んとも云われない懐かしの情が、油然ゆうぜんとして湧いて来た。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そうしてこの敬虔の念に浸って、始めて自然への感謝が油然ゆうぜんとしてき上るのを覚えるであろう。聖十字のヨハネの祈りに云う
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
まず山雲やまぐもと戦う 時に油然ゆうぜんとして山雲が起って来ますと大変です。修験者は威儀をつくろ儼乎げんこたる態度をもって岩端いわはな屹立きつりつします。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
唯机にもたれているばかりであるけれども、油然ゆうぜんとして楽しいのはやはり心一つに遊ぶからである、というような、そういう心の遊びである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
一気に引きつづいて三冊読み終ると探偵物語に対する興味が油然ゆうぜんと湧き起って、自分もなにか探偵物語を書いてみようという気になったのです。
半七捕物帳の思い出 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
渠等が労役の最後の日、天油然ゆうぜん驟雨しゅううを下して、万石の汗血を洗い去りぬ。蒸し暑き雑草地を払いて雨ようやく晴れたり。
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして牛鍋を突つき乍らあれこれと話して居るうちに、銘々めいめいの胸のうちには三十何年前の記憶が油然ゆうぜんと湧いて来るのです。
やにわに水のような静かなものが流れてきて人を懐しむひたむきな心で油然ゆうぜんと溢れてしまい、なんだかわけが分らなくなって二足三足するうちに
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ちと長い旅行でもして帰って来る姿すがたを見かけた近所の子供に「何処どけへ往ったンだよゥ」と云われると、油然ゆうぜんとした嬉しさが心のそこからこみあげて来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「何かは知れず、油然ゆうぜんといま、いま胸に抑えがたい感慨がわいた。天意が私を通じていわしめるものかもしれない。——しばらくご静聴ねがえようか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
純真なるお雪ちゃんは、この異様なる貴婦人に向って、油然ゆうぜんたる感謝の念を起さずにはおられませんでした。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ずたずたに切られ、夢のように拡大された頸、乳、へその中には、山も川も、森も谷も、そして風の音も、総てが油然ゆうぜんと混和されて、ぞよぞよと息づいているのだ。
魔像 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
これに反して砕けたるたましいをもって信ずる時には、奇蹟的恩恵は油然ゆうぜんとしてそそがれるのです。
花は形が大きくつはなはだ風情ふぜいがあり、ことにもろもろの花のなくなった晩秋ばんしゅうに咲くので、このうえもなくなつかしく感じ、これを愛する気が油然ゆうぜんき出るのを禁じ得ない。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
私の目は涙を催した、そして油然ゆうぜんとして湧き来る「もの皆なつかし」の情に堪えなかった。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
持たないうちこそ何でもなかったが、手にして見るとその竿に対して油然ゆうぜんとして愛念あいねんが起った。とにかく竿を放そうとして二、三度こづいたが、水中の人が堅く握っていて離れない。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その鳥と雲との距離の渺々びょうびょうたる深さが、油然ゆうぜんとかれの心に悲しい思いをかきたてた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
十首の連作を通しての上に、物になずむ親しみの情の淡い気持が、油然ゆうぜんとして湛うてる。思うに作者も想の動くままに詠み去って、その表現にそういう自覚があった訳ではなかろう。
歌の潤い (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そうすると平凡な国の平凡な朝ぼらけと同じに鶏と赤ん坊が泣いて、巷の騒音が油然ゆうぜんと唸り出すのだ。広場へでると煙草と果物の露店が並んでいる。巻煙草はべらぼうに吸口が長い。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
尊敬の念が、油然ゆうぜんと湧いて来た。
放浪の宿 (新字新仮名) / 里村欣三(著)
はからざる便りの胸を打ちて、度を失えるギニヴィアの、己れを忘るるまでわれに遠ざかれる後には、油然ゆうぜんとして常よりも切なきわれにかえる。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、たまたまオペラを唄ったレコードを聴いても、その温かさと柔かさと、言うに言われぬ物優しさに、油然ゆうぜんとして親しみの湧き起るのを禁じ得ない。
探偵物語に対する興味が油然ゆうぜんき起って、自分もなにか探偵物語を書いてみようという気になったのです。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
こう思って来て若侍は、意外の感に打たれたが、それと同時に敬虔けいけんの念が、油然ゆうぜんと心に湧くのを覚えた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そうだ、「春日以前の神鹿」といったような画題で、また一つ、この群生動物を中心に一大画幅をつくってみようとの、画興が油然ゆうぜんとして起るのを禁ずることができない。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
油然ゆうぜんとして同情心が現前まのあたりの川の潮のように突掛つっかけて来た。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
油然ゆうぜんと兵法的な課題の興にそそられたように
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
油然ゆうぜんとして湧き起り、ベートーヴェン後期を特色づける大きな諦観へと発展して行くのである。
半時なりとも死せる人の頭脳には、喜怒哀楽の影は宿るまい。むなしき心のふと吾に帰りて在りし昔を想い起せば、油然ゆうぜんとして雲のくが如くにその折々はむらがりきたるであろう。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鏡葉之助はそれを聞くと何んとも云われない懐かしの情が油然ゆうぜんと心へ湧き起こった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
油然ゆうぜんとして白雲の頭の中に起ったのも、無理がありません。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
思わずそう言った私の胸のうちには、油然ゆうぜんとして親しみが湧き起ったことを記憶している。
油然ゆうぜんと恋心が湧いて来た。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
油然ゆうぜんとして胸に湧き上るのは、思いもよらぬ親しみの感情です。