此儘このまま)” の例文
仮令たとい叔父様が何と云わりょうが下世話にも云う乗りかゝった船、此儘このまま左様ならと指をくわえて退くはなんぼ上方産かみがたうまれ胆玉きもだまなしでも仕憎しにくい事
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「あッ、うだった。危い危い! しかし此儘このまま見殺みごろしが出来るもんじゃない。何とか、おい番頭さん、何とかしなければ——」
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
思へば、人の申候ほど死ぬる事は可恐おそろしきものに無御座候ござなくさふらふ。私は今が今此儘このままに息引取り候はば、何よりの仕合しあはせ存参ぞんじまゐらせ候。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
こうした事情で、だんだん激しくなる将来が予感せられて来て、此儘このままではどの様な世の中になるか測り知れないと、其対策が自ら浮び上って来た。
反省の文学源氏物語 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
彼女が其処へ差蒐さしかかった時、彼は直ぐ其後へ追付いて居た。此儘このまま黙って過ぎれば只路傍の人として終って了うのである。併も彼は大なる秘密を握って居る。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
出來ることなら此儘このまま此處にぢいつと暮して行かうと思つてゐたのであつたが、さう出來ぬ事情になつた。
樹木とその葉:04 木槿の花 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
千種十次郎も何遍か立ちかけましたが、妙に新聞記者の第六感が働いて、此儘このまま立ち去る気になれません。何んかしら、此邸の中には事件の匂いがして来たのです。
悪魔の顔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
此林中には立木と草のあるばかり、流星が此処ここで消えたとて何んの不思議な物が落ちて居るものか、好奇ものずき此様こんな気味の悪い森林に入るよりは此儘このまま此処から家に帰り
黄金の腕環:流星奇談 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
考えて見ると漢籍ばかり読んでこの文明開化の世の中に漢学者になった処が仕方なし、別にこれと云う目的があった訳でもなかったけれど、此儘このままで過ごすのはつまらないと思う処から
落第 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お見送りの出来ないのがただ名残なごしゅうぞんじます。けれど金子は、明朝御出立のまぎわ迄に、必ずお手許まで届けさせます故、家事など此儘このまま後顧こうこなく御上洛ごじょうらくくださいまし。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ですから貴下を背負おんぶしてあの高い天の御殿などにはもうとてもいかれませんけれども此儘このままにして置いては私の役目が果せませんから、一つ貴下あなたが天に御昇りになれる法をお教へ致します。
子良の昇天 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
昼も暗い針葉樹の林に這入ると、木の間に霧が鼠色の網を張って犇々ひしひしと捲き寄せて来る。此儘このまま何処かの谷底へでもさらわれて、体が溶けて水になるのではないかというような気がする。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
一首の意は、大丈夫たるものは、万代の後まで語り伝えられるような功名もせず、空しく此世を終るべきであろうか、というので、名も遂げずに此儘このまま死するのは残念だという意である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
何分、そつの殿のお都入りまでは、何としても、此儘このままで置くので御座りましょう。さように、人が申し聞けました。はい。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
しいきくでもなけれど此儘このまま別れては何とやら仏作って魂入れずと云う様な者、話してよき事ならばきいた上でどうなりと有丈あるたけの力喜んで尽しましょうといわれておたつ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
秋月九十郎は僅かに気を取直とりなおしました。次第によっては、此儘このまま切込きりこんで行く気になるかも知れません。
もはや再びなつかしき懐き御顔も拝し難く、猶又前非の御ゆるしも無くて、此儘このまま相果て候事かと、あきらめ候より外無く存じながら、とてもとても諦めかね候苦しさの程は、此心このこころの外に知るものも
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
二部は工科で僕は又建築科を択んだがその主意が中々面白い。子供心におつなことを考えたもので、其主意と云うのはずこうである。自分は元来変人だから、此儘このままでは世の中にれられない。
落第 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
此儘このままで行ったら事情はどう発展したかわかりませんが、翌年の夏頃から銀子は次第にその美しい声をスポイルして、秋口にはもう舞台に立つことさえむつかしくなっておりました。
されば是等これら餽物おくりもの親御からなさるゝは至当の事、受取らぬとおっしゃったとて此儘このままにはならず、どうか条理の立様たつよう御分別なされて、まげてもまげても、御受納とした小賢こざかしく云迯いいにげに東京へ帰ったやら
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
もっと奇麗きれいな家にも住みたい。私の書斎の壁は落ちてるし、天井てんじょう雨洩あまもりのシミがあって、随分きたないが、別に天井を見て行ってれる人もないから、此儘このままにして置く。何しろ畳の無い板敷である。