朝凪あさなぎ)” の例文
とろりと白いあぶらを流したような朝凪あさなぎの海の彼方、水平線上に一本の線が横たわる。これがヤルート環礁かんしょうの最初の瞥見べっけんである。
伊勢の海は静かな海で、ことにこれより北へかけての阿漕ヶ浦は、その夕凪ゆうなぎ朝凪あさなぎとで名を得た海であります。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ね起きた駕籠屋は、途端に又、息杖いきづえを立てた。柵の内で、関所役人の跫音がして来る。気がつくと、湖水のほとりは、いつのまにか白々と朝凪あさなぎをたてている。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
湖の島の朝凪あさなぎはたとしえなく静かである。森はしんしんとしずまりかえっておりおり杉の枯葉がこそりと落ちるばかり、幾億の木の葉のひとひらもそよぎはしない。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
朝凪あさなぎの浦の静かな、鈍い、重くろしい波の音が、天地の脈搏みやくはくのやうに聞えてゐるばかりである。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
真中に一棟ひとむね、小さき屋根の、あたか朝凪あさなぎの海に難破船のおもかげのやう、つ破れ且つ傾いて見ゆるのは、広野ひろのを、久しい以前汽車が横切よこぎつた、時分じぶん停車場ステエション名残なごりである。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ハロウとでも呼びかけたい八月の朝凪あさなぎである。爽快な南の風、空、雲、光。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そして夏ならば、昼間は海の方から陸に向って、涼しい風が吹き、朝と夕方には風のない朝凪あさなぎ夕凪ゆうなぎがあって、夜と共に陸から海へ向って風が吹くのが普通であるのに、決してそういう現象が見えない。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
よ、朝凪あさなぎうらなぎさいさぎよ素絹そけんきて、山姫やまひめきたゑがくをところ——えだすきたるやなぎなかより、まつつたこずゑより、いだ秀嶽しうがく第一峯だいいつぽう山颪やまおろしさときたれば、色鳥いろどりれてたきわたる。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
夕凪ゆうなぎ朝凪あさなぎに名を得た静かな伊勢の海、遠く潮鳴りの音がして、その間を千鳥が鳴いて通った時、浜辺と海がぼうっと明るくなったように覚えている。多分、あの時に月がのぼったのだろう。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
朝凪あさなぎの海、おだやかに、真砂まさごを拾うばかりなれば、もやいも結ばずただよわせたのに、呑気のんきにごろりと大の字なりかじを枕の邯鄲子かんたんし、太い眉の秀でたのと、鼻筋の通ったのが、真向まのけざまの寝顔である。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)