暁闇ぎょうあん)” の例文
旧字:曉闇
ひとみをらすと、京都の町も、暁闇ぎょうあんの底に、見えないことはない。だが、老坂や三草みくさの丹波ざかいをふりむくと、まだ鮮明な星が数えられた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しずかな暁闇ぎょうあんを破って、朗かな鴬の声を聞く毎に、「鶯の暁寒し」という其角の句を、今更のように思い出す。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
水色の蚊帳ばかりではない、暁闇ぎょうあんばかりではない。連日の雨に暮れて、雨に明ける日の、空が暗いのだ。それが、簀戸すどを透して、よけいに、もののくまが濃い。
彦兵衛は言うだけのことを言うと、娘と徳之助を暁闇ぎょうあんの中に残したまま、没義道もぎどうに戸をピシリと——
源十郎が、灯心を摘んで油をくれると、ジジジジイと新しい光に、濃い暁闇ぎょうあんが部屋の四隅へ退く。が、障子越しの廊下にたたずんでいる人影には、二人とも気がつかなかった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
暁闇ぎょうあんを、物々しく立ち騒ぐ風と波との中に、海面低く火花を散らしながら青い炎を放って、燃え上がり燃えかすれるその光は、幾百人の漁夫たちの命を勝手に支配する運命の手だ。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
秋もけて、暁闇ぎょうあんがすぐに黄昏たそがれとなり、暮れてゆく年に憂愁をなげかけるころの、おだやかな、むしろ物さびしいある日、わたしはウェストミンスター寺院を逍遥しょうようして数時間すごしたことがある。
それに玄蕃允の弟、佐久間安政などの諸将が、余吾ノ湖の白いなぎさを、暁闇ぎょうあんの下に見出でた頃が——ちょうどその刻限でなかったろうかと思われる。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恐らく作者も寐起のところで、そういう暁闇ぎょうあんの中に咲く梅花を認めたのであろう。自己の寐起を移して植物の上に及ぼしたなどというと、少し話が面倒になって来る。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
暁闇ぎょうあんはぎのしずれに漂っていた。小蝶が幾羽いくつもつばさを畳んで眠っていた。離家はなれの明けてある戸をはいってゆくと、薄暗い青蚊帳あおがやの中に、大きな顔がすっかりゆるんでいた。
闇黒やみがひときわ濃いときがあるといいます。明け方の闇は、夜中の闇よりもいっそう深沈として——その暁闇ぎょうあんにつつまれた左膳、源三郎、萩乃の三人は、それぞれの立場で、凝然と考えこんだままだ。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
むせるような潮の香の白く漂っている暁闇ぎょうあんいて、えいえいと、呼吸いきを弾ませながら城下へ入って来るのであった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こころ暁闇ぎょうあん
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ゆうべは、一声も聴かれなかった千鳥が、今になって、暁闇ぎょうあんの空をかすめながら、海苔柴朶のりしだの洲へ、啼いて落ちた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、からからと笑ったのみで、番兵たちはことごとく震い怖れ、暁闇ぎょうあんのそこここへ逃げ散ってしまった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すでにその頃、暁闇ぎょうあんをへだてて、本能寺方面の空には何とも形容し難い物音が揚りはじめていた。いんいんと吹き鳴らす陣貝の音や鉦鼓しょうこのとどろきも聞えた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白々と、元日の町の屋根や橋は、初霞の底からなごやかな線をぼかしはじめたが、まだ空には星がよく見えるし、東山一帯のふところは、墨のような暁闇ぎょうあんだった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
声もかけぬ狂刃が、いきなり暁闇ぎょうあんからおどったのはその時である。颯然さつぜんたる技力ぎりょくはないが、必死! と感じられる小脇差の切ッさきが、うしろから老人のびんをかすった。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今が初めての荊棘けいきょくの道ではない。これが最後かと思う一歩前が、実は、次への悠久な道へ出る暁闇ぎょうあんさかいであったことを、幼年の頃から幾度も身におしえられていたからである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本街道なら珍しくもないが、播州路からわかれて高取越たかとりごえを経た上、千種川ちぐさがわ渡船わたしをこえてこの城下へと入る赤穂街道を、一かたまりの提灯ちょうちんが、暁闇ぎょうあんの中を走って来るのである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暁闇ぎょうあんの空で、大きくからすが啼く。——綽空はまた、無言で山へかかった、力のある足どりである、この山坂を九十九夜通いつづけていたころのあの迷いを追っている足ではない。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まだ後方の富田とんだに在って、大坂から神戸かんべ信孝の来会あるを待っていた——十三日未明——まだ暗いうちに、期せずして、秀吉方の山之手隊と、明智軍の奇襲部隊とは、暁闇ぎょうあんのうちに
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左に鉄杖てつじょうをつき、右手をまゆにあてて、暁闇ぎょうあんの空をじッとみつめていたが、やがて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
言っているところへ、一角のあしから、物見の兵が「——大変だっ」と、急を告げて来た。暁闇ぎょうあんもやのうちから、泊兵の水軍が舳艫じくろをならべて、これへ接岸して来る模様だ——と絶叫する。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とまれ、この暁闇ぎょうあん中天王山一番駈けは、いったい誰が早かったのか、どこの部隊が先駆だったのか、ほとんど我武者羅がむしゃらのあらそいで、後の軍功によるも、記録によるも、皆目、見当がつかない。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紫ばんだ暁闇ぎょうあんの中に、大日堂の屋根が高くあった。雲を破った朝陽のまっ赤な光が、そのひさし、その大柱——また、そこの縁からまわりに、ひしとむらがっている甲冑かっちゅうの人影に、きらと、ね返っていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三十六峰のふところに重たく眠り臥している白雲の群れが、にわかに、漠々ばくばくと活動を起してそらに上昇しはじめたのを見ても、天地はじゃくとした暁闇ぎょうあんのうちにすでに「偉大なる日課」へかかっていることが分る。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暁闇ぎょうあんをつんざいて、鉄砲の音がどこかで響いたのである。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、主君家康のすがたを暁闇ぎょうあんの岸にふりかえった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暁闇ぎょうあんの大地から、不意に誰か、彼の足をつかんだ。
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
星さえ見える暁闇ぎょうあんである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)