普通ただ)” の例文
そういう人々は、墓詣りということが普通ただの習慣となってしまっているらしい。『時』が彼等の悲哀かなしみを磨り減らしたのであろう。
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
彼も最初のうちは普通ただの強盗で、顔を見知られないために殺すのだということでしたが、中途から噂が変って、金を奪うためのみではない。
耳香水 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
するとそれは普通ただの珈琲でなくてウイスキーを割ったものであることが、飲んだ後から解ったので、酒に弱い私は慌てて水瓶を持って来させて
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それは決して普通ただの農家の娘とは見えなかった。髪は文金高島田に結って間もなく、一筋のほつれ毛も無いので有った。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
ここでねんめに申上もうしあげてきますが、わたくし指導しどうしてくだすった神様かみさまは、お姿すがた普通ただ老人としより姿すがたってられますが、じつ人間にんげんではございませぬ。
併し夜! 夜は又これほど物寂しい場処は少なく、夏の熱い最中ならば知らぬこと、其他の季節に夜に入つて此山に登る者は決して普通ただの人ではない。
夜の赤坂 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
兄の手紙には「例の人」とあるだけで、節子の名を書きあらわすことすら避けてある。彼は母や姉と同時に普通ただならぬ身であるという彼女を想像した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「そりゃあ、そうだとも、気ちげえだって普通ただの女だって、恋に狂えば紙一重——どうせ、おら達だって、食いや、気ちげえだでなあ——へ、へ、へ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それは無論何処の社でも、校正係が主筆を捉へて「オイ君」などと云ふ事は無いものだけれど、それでも普通ただの社会と違つて、何といふ事なしに自由がある。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
室のまんなかに座を占めたところに、行住座臥ぎょうじゅうざがをもいやしくしない、普通ただならぬ武道のたしなみが読まれた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「一寸、あの方は何と云って。矢張やっぱ普通ただの人間とおんなじ口の利き方をなさる事? 一寸さあ……」
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
村はずれの池から採って来た普通ただの菱の実で、取り立てて言うほど味のいいものではなかったが、いかつい角をはやした、その堅苦しい恰好がおもしろい上に、歯で噛むと
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
見れば、なるほどそれは普通ただの牌だ。奇態なこともあるものだ! 今度も負けになつてしまつた。そして妖怪どもは又しても声を張りあげて⦅阿房ドゥーレン! 阿房ドゥーレン!⦆と喚き立てた。
もう店の仕舞いぎわでしたが、カンテラのの明りでも普通ただのものでない気がしましたので、手に取って見ると、果してそれは好いこなしで、こんな所に転がっているものではありません。
長屋の寄り合いには無くてかなわぬ落語家はなしかの〆団治も、今夜は普通ただの晩やあらへんさかいと、滑稽ちょか口を封じられて、渋い顔をしていたが、けれど、さすがに黙って居るのは辛いと見えて
わが町 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
『兄さん、貴方は死んで呉れちゃいやですよ。決して死ぬんじゃありませんよ。貴方は普通ただ兵士へいたいですよ。戦争いくさの時、死ぬ為に、平生つねから扶持を受けてる人達とは違ってよ。兄さん自分から好んで、』
昇降場 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
「なるほど、普通ただの子供ではないな。これは迂濶うっかり油断は出来ぬ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
君はこの船を普通ただの船と見て乗った訳じゃなかろう。最初から秘密があると睨んで虎穴に入ったんだろう。
焦点を合せる (新字新仮名) / 夢野久作(著)
失礼だが、おばあさん、場所は場所だし、末枯うらがれだし、雨は降る、普通ただものとは思へないぢやないか。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
これは普通ただの泥棒ではない、きっと何か計画たくらんでいるんだろう。殊によると今夜の行動を最初から見ていて、僕の弱点に附け込み、金品を強請ゆすろうというのかも知れない。
黒猫十三 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
ありふれた、普通ただのコロップで、壜の栓になるより他には何の役にも立たない代物さ! 何より面白かつたのは、おれに署名をさせようとして書類を差しだしやあがつた時だ。
狂人日記 (旧字旧仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
主婦おかみつて頼んだのでもなく、矢張普通ただの女中で、額の狭い、小さい目と小さい鼻を隠して了ふ程頬骨の突出た、土臼どうすの様な尻の、先づ珍しい許りの醜女みたくなし肥満人ふとつちよであつた。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「そんな事なら何も私にだんまりで、裏から逃げ出さなくっても好いでは有りませんか。私だって普通ただの女では無いんですからね。筋路さえ通った事なら、機嫌く御見送りしますよ」
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
私もネ、しばらく気分が悪くて、伏枕ふせっていましたから、何か水気のある物を食べたいと思って買わせにるうちに……どうも話の様子では、普通ただの水菓子を売る家の内儀おかみさんでは無い。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
玲子はモウぽとりぽとりと涙をらしながら普通たださえ狭い肩をすぼめて、わなわなと震えていた。
継子 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「取ったな。」と叫びたる、海野の声の普通ただならざるに、看護員はあやしむごとく
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
普通ただの女中ぢや無い。」といふ事を、私に呑込ませようとしたらしい。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
これしきのことを御存じないとは驚ろいた——妖女ウェーヂマを焼くには普通ただの火では駄目だつてことをさ! 憑魔つきものを焼くには是非とも、煙管きせるの火を使はにやあなりませんやね、ちよつくらお待ちなせえ
と云った処で、普通ただの道場破りをして来いと申すのでは無い。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
……俺は普通ただの強盗とは違うんだぞ。そのうちにタッタ一つ大きな仕事をして、大威張りで北海道を脱け出すまでは、ケチな金や、ハシタには眼もくれないんだぞ……。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「取つたな。」と叫びたる、海野の声の普通ただならざるに、看護員は怪む如く
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
尤も此給仕人は普通ただの奴では面白くない。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ところがあれが普通ただの島田では御座いませなんだので……私はズット以前からあの娘の外出姿よそゆきすがたに気を付けておりましたが、あの娘は普通よりもズット髪毛が長くて多い方で
いえ、普通ただ拾って徳義上御返し申すのなら、下さるたって戴きません。
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ハハハ。まだあるんだぜ。戸塚があの死体を西村さんと云い出すなり、直ぐに俸給泥棒と察して、追かけて行った時の素早かった事はどうだい。普通ただじゃなかったぜ。あの意気込は……」
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)