思出おもいで)” の例文
私が言ったただ一言ひとこと、(人のおもちゃになるな。)と言ったを、生命いのちがけで守っている。……可愛い娘に逢ったのが一生の思出おもいでだ。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かれこれとかたっているうちにも、おたがいこころ次第しだい次第しだいって、さながらあの思出おもいでおお三浦みうらやかたで、主人あるじび、つまばれて
……又も以前の通りの思出おもいでを繰返しつつ、……自分の帰りを待っているであろう妻子の姿を、隠れの一軒屋の中に描き出しつつ……。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それからの一つの『学士会院ラシステキューの鐘』と題した方は、再聞またぎき再聞またぎきと言ってしかるべきであるが、これはわしに取って思出おもいでの怪談としてお話したい。
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
日々海をながめて暮らした。海の魔力まりょくが次第に及ぶを感じた。三等船客の中に、眼がわるいので欧洲おうしゅうまわりで渡米する一青年があって「思出おもいで」を持て居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
シンデレラは、そのお母さまの思出おもいでを、今度の新しいお母さまに結びつけるのでした。そして、胸をわくわくさせながら、お母さまの来る日を待っておりました。
シンデレラ (新字新仮名) / 水谷まさる(著)
実在のものがはかな思出おもいでの影のように見えるまで、まことの生活の物事にこの心を動かさねばならぬのか。
彼女については、彼が赤面したのも決して無理ではない程の実に恥しい思出おもいでがあったのである。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
地図には破不山とあるが、破風山の方が正しい字であることは言う迄も無い。七月の下旬に白石楠の花盛りを岩の上から眺めた快よさは、今も忘られぬ思出おもいでの一つである。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
若くてあたらしくて、そして夫人に取っては最も思出おもいでの多い少女時代の遊び友達だった、千束守に乗り換えられ、夫の三郎氏は、置き忘れられた秋の扇のように、部屋の片隅にっとして
思出おもいでの種に、き人を忍ぶ片身かたみとは、思い出す便たよりを与えながら、亡き人をもとに返さぬ無惨むざんなものである。肌に離さぬ数糸の髪を、いだいては、泣いては、月日はただ先へとめぐるのみの浮世である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
変りなきわが街の浮世には思出おもいでもあらず
彼は、それから間もなく、今までの悲しい思出おもいでからキレイに切り離されて、好きな数学の事ばかりを考えながら歩いていた。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おっかさんがあぶって上げよう、)と、お絹は一世の思出おもいで知死期ちしごは不思議のいい目を見せて、たよたよとして火鉢にった。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし同じ町内であるが、つまり思出おもいでの一つであるのだが、その下宿に宿を取っていた或る学生、たしか或る法学生があって、この法学生の目に見えた妄念の影があるのだ。真夜しんやだという。
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
彼女は身体を楽な姿勢しせいにして、すみ切った細い声で、彼女の幼少の頃からの、不思議な思出おもいでを物語るのであった。私はじっと耳をすまして、長い間、殆ど身動きもせずそれに聞き入っていた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
清滝川は余にとりて思出おもいで多い川である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ちっとは思出おもいでになるといっちゃあ、アノ笑顔をおしなので、私もそう思って見るせいか、人があるいてく時、片足をあげた処は一本脚の鳥のようでおもしろい。
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
〔註、この間に幼年時代の思出おもいで数々記しあれど略す〕
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それを思出おもいでにして、後生だから断念あきらめておくれ。神月は私の良人ていしゅだったと、人にいっても差支えはない。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
思出おもいでの一夜
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
梅の枝にほんのりと薄綿の霧が薫る……百日紅さるすべりの枯れながら、二つ三つ咲残ったのも、何となく思出おもいでの暑さを見せて、世はまださして秋の末でもなさそうに心強い。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
派手にも暮らし、さびしくも住み、有為転変ういてんぺんの世をすごすこと四十余年、兄弟とも、子とも申さず、唯血族一統の中に、一人、海軍の中将を出したのを、一生の思出おもいでに、出離隠遁しゅつりいんとんの身となんぬ。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
われ御曹子おんぞうしならねども、この夏休みには牛首を徒歩かちあるきして、菅笠すげがさを敷いて対面しょう、とも考えたが、ああ、しばらく、この栗殻の峠には、われぬ可懐なつかし思出おもいでがあったので、越中境えっちゅうざかいへ足を向けた。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)