後退あとしざ)” の例文
つるは不気味そうに後退あとしざったが、くるりと向うを向いて、手荒く其処らを片付けた。釜の飯を飯櫃に移し、薬鑵や膳椀を揃えた。
特殊部落の犯罪 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
今も、健が聲高に忠一を叱つたので、宿直室の話聲がはたと止んだ。孝子は耳敏くもそれを聞き附けて忠一が後退あとしざりに出て行くと
足跡 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
寺の直前すぐまへに立つたのでは容易に大きな塔の全体が眼にらないので僕等四人はその広場の上を後退あとしざりしながら眺めるのであつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
彼女はその男をながめ、人形をながめ、それからそろそろと後退あとしざりをして、テーブルの下の壁のすみに深く隠れてしまった。
平生ふだんから無口なのがイヨイヨ意気地が無くなって盃を逃げ逃げ後退あとしざりをして行くうちに、部屋の隅の押入の半分いたふすまの前に横倒しになって
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ジリ、ジリ、ジリと後退あとしざり、またもやグルリと身を翻えすと、窮鼠かえって猫を噛む。破れかぶれに旅人眼掛け、富士甚内は躍り掛かって行った。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼は人生にたいする自分の現実的な悲壮な幻像のふたを少し開いて見せて面白がった。ジョルジュは後退あとしざりをした。クリストフは笑いながら蓋を閉めた。
ばあさんにけば、夫婦ふうふづれのしゆは、うち采粒さいつぶはつしやると、両方りやうはうかほ見合みあひながら後退あとしざりをして、むかがけくらはうはいつたまで。それからはおぼえてらぬ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
此処ここが千両だ、と大きな眼を細くして彼はえつに入る。向うの畑で、本物の百姓が長柄の鍬で、後退あとしざりにサクを切るのを熟々つくづく眺めて、彼運動に現わるゝリズムが何とも云えぬ、と賞翫する。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
いずれも唇をへの字に結び、うわ目でじろじろタヌを見あげながら、むっつり押し黙っているばかり。タヌがロマンチックな音色こわねで、いろいろ愛想をすればするほど、じりじりと後退あとしざりをする。
日光の直射を恐れて羽蟻は飛びめぐり、溝渠には水涸れて惡臭を放ち、病犬は朝鮮薊の紫の刺に後退あとしざりつゝえ𢌞り、蛙は蒼白い腹を仰向けて死に、泥臭い鮒のあたまは苦しさうに泡を立てはじめる。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
今も、健が声高に忠一を叱つたので、宿直室の話声がはたと止んだ。孝子は耳敏くもそれを聞付けて忠一が後退あとしざりに出て行くと
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それからその仏壇の奥の赤い金襴きんらん帷帳とばりを引き開いてみると、茶褐色に古ぼけた人間の頭蓋骨が一個ひとつ出て来たので皆……ワア……と云って後退あとしざりした。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
取り上げたのは黄金の杖で、引きそばめると後退あとしざりし、煮えている釜の横手まで、一気にスーッと引っ返した。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
馬車が進むに従って、彼は自分のうちにある物が後退あとしざりしているのを感じた。
これで突放されたようになって、思わず後退あとしざりすること三尺半。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たじたじと後退あとしざりつつこの馬や尾の根据ゑたり光る風のしも
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そのまま波に追われながら後退あとしざりして来る海士あまの呼吸を見てやっと能静氏の教うる「汐汲み」の呼吸がわかった。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
『は。』と、言つて、ずるさうな、臆病らしい眼附で健の顏を見ながら、忠一は徐々そろ/\後退あとしざりに出て行つた。
足跡 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
後退あとしざりつつ、をののきつ
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
=或る囃子方の悪口を云って=「彼奴のような高慢な奴が鼓を打つと向うへ進まれぬ。後退あとしざりしとうなる」
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
と言つて、ずるさうな、臆病らしい眼付で健の顔を見ながら、忠一は徐々そろそろ後退あとしざりに出て行つた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ソロソロと寝台の上からすべり降りた。その壁の一点を凝視したまま、出来るだけその声から遠ざかるべく、正反対の位置に在る窓の処までジリジリと後退あとしざりをして来た。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
野村はタヂタヂと二三歩後退あとしざつた。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
審判席の草叢くさむらの中から、コスモスの花の中へジリジリと後退あとしざりをし初めたが、その肩に手をかけて、又野と同じ方向を見ていた三好も、すこし慌て気味で中腰になった。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
渠は一二歩後退あとしざつた。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
小謡いがまだ二三番と済まぬうちに脂切あぶらぎった腕を首にさし廻わされた時なぞ、血相をかえて塩鰯をひねくりまわし、後退あとしざりして逃げて来るという、世にも身固い、涙ぐましい月日が
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すこしずつ後退あとしざりをし始めた。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)