大廂おおびさし)” の例文
雪はやんで、大廂おおびさしごしに見える夜空は、えかけてさえいた。それにまた、城下の町屋の焼けさかる火の粉がいちめんに舞っている。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大廂おおびさしから木洩こもれ陽の射す廊下を横に、ずらりとそこに居並んでいる顔ぶれを見ると、何と、越前守の知らない顔ぶれは一つもない。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
火は、本丸のたちにも燃え移っていた。大廂おおびさし雨樋といはしる火のはやさといったらない。長政は、そのあたりをくぐって来る一隊の鉄甲てつかぶとをみとめて
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
館の大廂おおびさしからは護摩ごまの煙が雲のように立ちのぼり、衆僧の振鈴しんれい誦経ずきょうが異様な喚叫かんきょうをなして二条の町かどあたりまでも聞えてくるほどだった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、ものうげに、両手をうしろへ落し、大廂おおびさしの外に、わが世の春を飾るがごとくある星を仰いで、大きく酔後すいごの息を吐いた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
春とはいえまだ夜は寒いのに、蔀障子しとみしょうじも開け放されていた。大廂おおびさしからまだ低い宵月が映しこんでいるのに、そこを閉め惜しんでいるかとも思われる。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
断金亭の大廂おおびさしのまえには、つねに刺繍ししゅう金文字の二りゅうの長い紅旗がひるがえり、一つには、「山東呼保義さんとうのこほぎ」一旒には「河北玉麒麟かほくのぎょっきりん」としるされていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
怪異な舞と歌ごえが、なお一だんとたかまっている。しかもその狂おしい魔宴まえんの高潮を飾るかのように、大廂おおびさしには火の雨すらハラハラとこぼれ降ッていた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寝殿の大廂おおびさしから、どっと雪が落ちたひびきに眼がさめたのである。——はっと、身を起して、部屋のうちを見ると、大火鉢からは白い湯気が淡くのぼっていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふたりは身も心も一つにもだえ合って、もう大廂おおびさしに木の葉の雨も落ち尽した初冬の夜を泣き明かした。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御堂の大廂おおびさしから廻廊のかどへ下がっている太竹ふとだけ雨樋あまどいを斬ったのじゃ、それがわたしの身代りになって、今朝までは二つに斬れてぶらんとしておりましたが、お坊さんが
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奥殿と中殿とのあいだを渡してある唐橋からはしらんに立って望むと、無数の舞扇を重ねたような天守閣の五層のひさしと、楼門の殿閣でんかく大廂おおびさしとは、見事な曲線をちゅう交錯こうさくさせている。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし防ぐべくもあらぬ鉄甲の怒濤どとうはすでに、伽藍がらん大廂おおびさしの下までひたひたせまっている。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
愛宕あたご、清水をすぐ下に望む大廂おおびさし彼方かなたに、夕富士の暮れる頃になると、百間廊下のがんには見わたす限りのあかしが連なり、御所の上﨟じょうろうかとまごう風俗の美女たちが、琴を抱いて通り
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すぐ塀一重、外には、の音が聞えるし、大廂おおびさしには、海鳥の白いふんがよく落ちたりする。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうして、彼は有智山寺うちやまでらへ駈け入り表の廻廊に坐りこんだ。一族郎党百数十人も共にそこへ居ながれた。とりでの炎は、みるまに、あたりを熱風にし、大廂おおびさしの裏がわをめ廻る。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、伽藍がらん大廂おおびさしから吐き出す黒煙りの影が、赤い大地を、むらむらとうごいてゆく。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どうかすると大廂おおびさしに、三位頼政の首がぶら下がっているの、屋根のうえを、義朝の軍馬がけるの、閻王えんおうを呼べの、青鬼、赤鬼どもが、炎の車について、厩舎門うまやもんの外に来ているのと
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、大廂おおびさしからすぐ仰げる四明しめいだけの白雲を仰ぎ合っているところであった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とたちまち、炎々えんえんたる狂い火が、蹴破られた雨戸から大廂おおびさしはりを流れて、いっせいに燃えあがり、凍りきっている冬の夜の空へ、カアーッと火柱が立ったのは、それから、ほんの一瞬の後——。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
花は、おぼろ月の大廂おおびさしから、彼の居眠る脇息きょうそくの近くまで散りこんできた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
周到しゅうとう老臣ろうしんが、臨機神速りんきしんそくな手くばりに、石見守いわみのかみざめの驚愕きょうがくもややしずまって、ほッと、そこでむねをなでおろしたかと思うと、何者なにものであろうか、大廂おおびさしのそとがわからクルリと身軽みがるにかげをかすめて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、やがて、五月五日の、あおい空と大廂おおびさしの外に仰ぐと
冬の雨が、大廂おおびさしを寒々と打っている宵である。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)