午前ひるまえ)” の例文
晩方ばんかたに窓掛を締めてやれば、その人のためには夜になり、午前ひるまえに窓の鎧戸よろいどを明けてやれば、その人のためには朝になるでしょう。
「いいえ。お午前ひるまえに受取ったんだけれど、何だかよく分らないから、なお読みながら考えようと思って、持って来たのよ。」
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
文字春は午前ひるまえの稽古をすませて、午から神明の祭りに参詣しようと思って、着物などを着かえていると、台所の口で案内を求める声がきこえた。
半七捕物帳:16 津の国屋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今日は午前ひるまえ花さんがお父さんとお母さんに叱られ、午後ひるすぎ乃公おれが花さんに叱られた。世の中は上から下へと順繰りに叱りこしているようなものだ。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
まだ午前ひるまえだが、掛座敷にも床几しょうぎにも客がいっぱいだ。そこを縫って、奥の張出し、見晴らしの小座敷に席をとった。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時午前ひるまえに連れられて行った正一も一緒に帰って来たが、いつにない電車に疲れて、伯父に抱かれて眠っていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
次の日曜になると、宗助は例の通り一週に一返いっぺん楽寝らくねを貪ぼったため、午前ひるまえ半日をとうとうくうつぶしてしまった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女は父親のオフイスでタイプライターを叩いてゐたが、特に土曜日に限つて、日本語の練習といふ「お稽古」のために、十時に仕舞ひ、午前ひるまえの汽車に乗つた。
熱海線私語 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「では、君、こうしてくれ給え。明日午前ひるまえに僕の家へやって来てくれ給え。久し振でゆっくり話そう」
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小さい台を真中に夫婦さし向いで、午前ひるまえ半日精々せっせとしあげておいて、午後ひるから二人でそれを売りに出る。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
すると午前ひるまえほどには人通りがないのにず安心して、おそるおそる松葉屋の前を通って見たが、うちの中は外から見ると非常に暗く、人の声三味線の音さえ聞えなかった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
午前ひるまえ市街まちは騒々しい電車や忙がしそうな人力車くるまや大勢の人間や、眼の廻るように動いていた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
或日鷲郎は、食物を取らんために、午前ひるまえよりかりに出で、黄金丸のみ寺に残りてありしが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
引き寄せるだけの価値があった、もう日は真ッ直ぐに照りつけるようになって、黄色の烈しい光線が、眼をチラチラさせる、未だ午前ひるまえであったが、これからいよいよ北岳登りになるのだから
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
午前あさの三時から始めた煤払いは、夜の明けないうちに内所をしまい、客の帰るころから娼妓じょろうの部屋部屋をはたき始めて、午前ひるまえの十一時には名代部屋を合わせて百幾個いくつへやに蜘蛛の一線ひとすじのこさず
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
二十四日の午前ひるまえ、日が照つて再び暑気あつさが増した。
大野人 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
豆腐屋のラッパ、まだ午前ひるまえなのである。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
九月八日の午前ひるまえに、林之助はちょっとの隙きを見て両国へ行った。あしたは重陽ちょうようの節句で主人も登城しなければならない。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
え、それは霊岸島の宿屋ですが……こうと、明日は午前ひるまえ何だから……阿母さん、明日あした夕方か、それとも明後日あさってのお午過ぎには私が向うへ行きますからね、何とか返事を
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
今日の午前ひるまえに目を落したって、葬式とむらい明後日あさってだもんだで……それも紋を染めていたじゃ間に合いもすまいけれど、婚礼というじゃなし石無地こくむじでも用は十分足りるでね。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
春の花見頃午前ひるまえの晴天は午後ひるすぎの二時三時頃からきまって風にならねば夕方から雨になる。梅雨つゆうちは申すに及ばず。土用どようればいついかなる時驟雨しゅうう沛然はいぜんとしてきたらぬともはかりがたい。
「よけいな気づかいばかりしていやる。わしが出たのは午前ひるまえ、今まで食べずにおられようか。ひると夜食をかねて外で奈良茶のめしを済ましてきました。わが身まだなら急いで茶漬なと食べなされ」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はわたしに向って、八月廿九日の午前ひるまえには必ず帰ってくれといった。その廿九日の午前に帰って来て、あたかもその葬式の間に合ったのである。
西瓜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
午前ひるまえ稽古けいこに来る小娘たちが帰ってのち午過ひるすぎには三時過ぎてからでなくては、学校帰りの娘たちはやって来ぬ。今が丁度母親が一番手すきの時間である。風がなくて冬の日が往来の窓一面にさしている。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
朝早くからすすきを売る声がきこえた。半七は午前ひるまえにほかの用を片付けて、八ツ(午後二時)頃からお亀の家をたずねた。
半七捕物帳:07 奥女中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
きょうの午前ひるまえに、かれが村はずれの休み茶屋を通りかかると、茶屋の女房が客を相手に小女郎狐の噂をしていた。
半七捕物帳:24 小女郎狐 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
きょうはいよいよ半鐘の詮議に取りかかろうと思っていたが、午前ひるまえは客が来たので出る事ができなかった。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その場を運よく逃れたので、今日こんにちまでこうして無事に生きているわけです。雁鍋でお七の夢をみたのは、その日の午前ひるまえに円乗寺へ墓まいりに行ったせいでしょう。
夢のお七 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は停車場まで送って来て、月末の廿九日午前ひるまえにはきっと帰って来てくれと、再び念を押して別れた。
西瓜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
Kのおばさんは近所の人に誘われて、きょうは午前ひるまえから新富座見物に出かけたはずである。
半七捕物帳:01 お文の魂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「都合によると、僕はステーションへ迎いに出ていないかも知れないから、真っ直ぐにここへ来ることにしてくれたまえ。いいかい。廿九日だよ。なるべく午前ひるまえに来てもらいたいな。」
西瓜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「どうもお此らしい。実はきょう午前ひるまえに、田町の両替屋で悪さをしやあがった」
半七捕物帳:52 妖狐伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
主人がこういう意見である以上、だれもいて反対するわけにも行かなかった。用人の藤倉軍右衛門はその日の午前ひるまえに京橋へ出向いて、八丁堀同心の小山新兵衛を屋根屋新道の屋敷にたずねた。
半七捕物帳:10 広重と河獺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「むむ。午前ひるまえに髪月代でもして、ひる過ぎから行くつもりだ。一緒に来い」
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かれらは五人連れで、きょうの午前ひるまえにここへ押し出して来た。
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あくる日の午前ひるまえに、庄太が汗をふきながら駈け込んで来た。
半七捕物帳:54 唐人飴 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)