“きさい”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:キサイ
語句割合
記載31.4%
后25.7%
騎西8.6%
奇才5.7%
氣才5.7%
皇后5.7%
妃2.9%
忌斎2.9%
王妃2.9%
畸才2.9%
鬼才2.9%
鬼斎2.9%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
其後(そのご)三月(ぐわつ)二十八日(にち)に、内山(うちやま)九三郎(らう)氏(し)が發掘(はつくつ)して、大把手(おほとつて)を出(だ)した。其記事(そのきじ)は東京人類學會雜誌(とうきやうじんるゐがくゝわいざつし)の八十六號(がう)に記載(きさい)せられてある。
后(きさい)の宮此事をきこしめして、むすめを召出しける。此源氏作たる事様々に申伝へたり。参りて後つくりたるなりとも申、いづれかまことならん。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
それが、騎西(きさい)一家に凍らんばかりの恐怖を与え、絶望の底に引き入れた、稚市(ちごいち)だった。その時、もし全身を現わしたなら、それは悪虫さながらの姿だったであろう。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
案じゐるよし確(たしか)に知たる忠相ぬし獨(ひと)りつく/″\思ふ樣お光は奇才(きさい)容貌(ようばう)とも人に勝(すぐ)れし耳(のみ)ならず武士の眞意(しんい)を能く辨(わきま)へ白刄(しらは)を揮(ふる)つて仇を斃(たふ)すに其父もまた清廉(せいれん)にて是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
仕事屋(しごとや)のお京(きやう)は今年(ことし)の春(はる)より此裏(このうら)へと越(こ)して來(き)し者(もの)なれど物事(ものごと)に氣才(きさい)の利(き)きて長屋中(ながやぢゆう)への交際(つきあひ)もよく、大屋(おほや)なれば傘屋(かさや)の者(もの)へは殊更(ことさら)に愛想(あいさう)を見(み)せ
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
くれなゐの牡丹おちたる玉盤(ぎよくばん)のひびきに覚めぬ胡蝶と皇后(きさい)
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「では、波斯匿王(はしのくおう)の妃(きさい)の宮であった、茉利(まり)夫人の事でも申すと見える。」
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
法華寺に阿弥陀浄土院を新築して忌斎(きさい)の場所にあてた。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
すべての木の葉の中で、天(あめ)が下の王妃(きさい)の君とも称ふべき公孫樹(いてふ)の葉、——新山堂の境内の天(あま)聳(そそ)る母樹(ははぎ)の枝から、星の降る夜の夜心に、ひらり/\と舞ひ離れて来たものであらう。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
更にこの畸才(きさい)を産んだ時代に遡って椿岳の一家及び環境を考うるのは明治の文化史上頗る興味がある。
さて、最後のトリック——それには鬼才(きさい)ダリア嬢も見事に引っ懸ってしまった。それはすこし下卑(げび)た話だ。けれども、あの便所の一件だ。例のフィルムの映写中に彼女は激しい尿意(にょうい)を催(もよお)したのだった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこで、彫刻製作となるのですが、岡倉校長は、主任は高村光雲に命ずるということであり、それから山田鬼斎(きさい)先生を担任とすることになった。