なめ)” の例文
伝吉はかの生皮をなめしてしまったが、なんとか理窟をつけていて、素直にそれをこっちへ渡そうとしないので、六三郎は腹を立てた。
半七捕物帳:29 熊の死骸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
使える部分を自分の工夫の中へなめし取って、世の中にないものを創り出して行こうとする静かで足取りの確かな生活は幸福だった。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼女の心は、すでに十分になめされ、たわめられてあった。この上はただ、彼女に最後の暗示を与えさえすればよいのであった。……
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
この方はさっさと済ませてむしろ例のなめし皮の小袋を取り出してザラザラと金貨を卓上に並べた時に、まさにその絶頂に達したのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼女は白いきぬの上になめされた仔鹿の皮帯を金の釦金でしめていた、きぬはひろがって暖かい風が胸を吹くのにまかせていた。
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
「手をお見せ、お前の手を。……白くて柔くてなめがわのようだ。ああこの手で幾人の男のたくましい肩を抱いたことか!」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
客は五十五、六だろう、結城紬ゆうきつむぎの袷に羽折はおり紺献上こんけんじょうの博多の帯をしめて、白なめしの革の緒をすげた麻裏をはいていた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
南部桐なんぶぎり——いや茶色の——会津桐とか言うんでしょう、百何十里も運んで来た、深山みやまの良材を下駄にしてなめした皮のをすげた、江戸でもつうの通人が穿くはき物だ。
こんなに夥しい麻布や羅紗らしゃや、羊の皮のなめしたのや生のままのや、乾した魚や、いろんな青物や、肉製品で一杯にしている者が他にあったらお目にかかりたいものだ。
たばこ入れは持たないし——ほかにべつに何も入れてある覚えはないが——とそっと手を落して、袖口に出してみると、よくなめしてある菖蒲色しょうぶいろ革紐かわひもが、いつでも解けるように
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小羊ラムの皮を柔らかになめして、木賊色とくさいろの濃き真中に、水蓮すいれんを細く金にえがいて、はなびらの尽くるうてなのあたりから、直なる線を底まで通して、ぐるりと表紙の周囲をまわらしたのがある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しみやそばかす一つない、きめ細かな絹のようにつややかな薄い皮膚で、なめすようなバーの間接照明の光を受け、その肌はいっそうしなやかに、濡れたような輝きを放っている。
ジャンの新盆 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
祭壇は、四本のけものの脚に拠って支えられ、真紅の布で覆われているのですが、その布は、五百種類の、蛇の舌をなめして作ったもので、その真紅の色も、舌からにじみ出た血の色でした。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
なめさざる象皮ざうひごと
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
日々のかての心配なく、専心に書物の中のことと、実験室の成績と突き合せながら、使える部分を自分の工夫の中へなめし取って
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
年は二十七、八でもあろうか、手入れの届いた、白い、なめし革のような皮膚は、男の情緒こころを悩ますに足り、受け口めいた唇は、女形おやまのように濃情のうじょうであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
最後に現れてきたものは、紫の絹紐で口を括った三個のなめし皮袋であった。その皮袋を解いた途端
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
おせんの受取る仕事も、革のほうがむつかしかった。なにしろ熊の皮をなめして、型を置いたり染めたりしたものなので、針が通りにくく、すぐ指を傷つけたり針を折ったりする。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
剥いだ生皮は自分の方でなめしてやると云って、伝吉が持って帰った。
半七捕物帳:29 熊の死骸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
まだこのときわたしは良人の優位により男の力でかの女をなめし改造されるものと信じていた。世間にそうされる女は多い。しかし稀にそうされない女がある。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
皮膚をなめす音、肉をぐ音、骨を削る音が聞こえて来た。金属製の器類の、触れ合う音が聞こえて来た。歩き廻わるらしい足の音、荒い呼吸の音も聞こえて来た。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
使い古したなめし革のようにしわたるんでつやのない皮膚、そぎおとしたように肉のこけた骨張った顔、そうして、白く乾いてひび割れた唇のあいだから、みにくくむき出されている黄色い歯など
ところが薄ッペラのなめし革なんか、どんな事をしたってこわれはしないよ。何故かと云うに何故ではない、雑り物がなくて質が細かで、鍛えられるだけ鍛えてあるからさ。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
陸上の生活力を一度死にさらし、実際の影響力えいきょうりょくなめしてしまい、まぼろしに溶かしている世界だった。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あの男は町人の伜だったが、なめした皮のようになめらかだったよ。あの男は若いご家人だったが、足の力が強かったよ。あの男は下等な船夫かこだったが、胸が広くて厚かったよ。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
きりの花のやうに典雅でつくねんとした美しさが匂つた。声も鋭さをなめして楽しい響きを持つてゐた。彼はいつでも不機嫌に近く黙つて孤独で、地へ向けて長い睫毛を煙らせてゐた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
その間に武士は腰に巻いて差した、白猫の皮のなめしたのを取り出し、畳の上へ延ばしたが
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それをトーストパンの香わしい小麦の匂いと共に口中に入れますと、舌の上に刺激の過ぎた鹹酸の味も忽ちなめされ、溶きくるめられて、眼をつむり度いほどおいしい感覚がわれを忘れさせます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
さざなみ一つ立っていない。すなわち風が吹かないからだ。ちょうどなめし革でも敷いたようである。一所箔のように輝いている。日光の加減に相違ない。水鳥が幾羽か浮かんでいる。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
だが夫は毎朝飲むコーヒーだけは、自分でいて自分でいれる器用な手つきだけのところに、文化人らしい趣をのこすだけで、あとは日々ただの村老にくすんで行った。彼女は従えられなめされて行った。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
頭巾の色は緋無垢ひむくである。足には山袴やまばかま穿いていたが、それはかば色のなめがわであった。亀甲形のくずの筒袖に萌黄もえぎの袖無しを纏っている。腰に付けたは獲物袋でそれに黐筒もちづつが添えてある。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その様子はただなめされた素直な家畜のようになっていた。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
握り太にして三尺五寸なめがわで包んだ竹刀を引っ下げ、おりから武者窓から棒縞ぼうじまをなして、幾筋か場内へ流れ込んで来た午後の日の光に半身を染めて、悠々然として突っ立った態度は
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なめされた白猫の皮が敷いてあり、日盛りの陽があたっているので、蚤は熱さに堪えられないからか、黒茶色の猪のような小さいからだを、綿のように白く柔かく、絹のように艶のある毛並みの間を
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)