電光いなずま)” の例文
「ポチは? ……」という疑問が曇ったような頭の中で、ちらりと電光いなずまのように閃いて又暗中に没する時、ガタガタと車が前を通る。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
早いこと、早いこと! 陽炎かげろう電光いなずまのごとく、内ポケットから紙包みを出したかと思うと、もう伯爵はグウッと酒であおりつけている。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その時、ヒラリと駕籠の垂れが、風もないのにひるがえったかと思うと、電光いなずまのように飛び出して来たのは白毛を冠った犬であった。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
憐み、恐れ、千々の思は電光いなずまのように源の胸の中を通りました。馬は気勢の尽き果てた主人を残して置いて、牝馬と一緒に原の中を飛び狂う。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
並木越しに、白い電光いなずまかのように眼を射るのは、その丹波境の標高で、また、京都の西北の郊外を囲っている山々のひだをなしている残雪だった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
北の方で、すじをなさぬくれないや紫の電光いなずまが時々ぱっぱっと天の半壁はんぺきてらしてひらめく。近づく雷雨を感じつゝ、彼等は猶頭上の雲から眼を離し得なかった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
私は事の意外に驚いたが、もしやと言う疑念が電光いなずまのように閃いたので、無理に人を分けて前へ出て見た。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
甚九郎は住持の云うとおりにしていると、夜半よなかになって雨が降り出し怪しい電光いなずまがしだした。と、仏壇が鳴動をはじめ、棺の蓋が開いて中から女の死骸が起きて来た。
山姑の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
根元のところから始った亀裂きれつが、布を裂くような音を立てながら、眼にもとまらぬ早さで電光いなずま形に上のほうへ走りあがってゆき、大巾おおはばな岩側が自重じじゅうで岩膚から剥離はくりしはじめた。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
思わず転ぶを得たりやとかさにかかって清吉が振りかぶったる釿の刃先に夕日の光のきらりと宿って空に知られぬ電光いなずまの、しや遅しやその時この時、背面うしろの方に乳虎一声、馬鹿め
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
時折かすかに電光いなずまが瞬き、口小言くちこごとのような雷鳴が鈍く懶気ものうげとどろいてくる。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
僕の五官は疫病えやみにでも取付とりつかれたように、あの女子おなごのために蹣跚よろめいてただ一つの的をねらっていた。この的この成就はやみうち電光いなずまの閃くような光と薫とを持っているように、僕には思われたのだ。
三年の幻影はかわるがわる涙の狭霧さぎりのうちに浮かみつ。新婚の日、伊香保の遊、不動祠畔ふどうしはんの誓い、逗子ずし別墅べっしょに別れし夕べ、最後に山科やましなに相見しその日、これらは電光いなずまのごとくしだいに心に現われぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そして電光いなずまのように早く鋭くながし眼をつかう。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
と、それを合図にしたかのように、反対の側の白襖がパッタリ前へたおれると共に、前髪を昨日削ったらしい青黛せいたいあざやかな若侍が、電光いなずまのように走り込んだ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ブラブラとオステル街やオルヒュース街の飾窓ショーウィンドーのぞきながら言葉もなく足を運んでいるうちに、ふと電光いなずまのごとくに嬢の頭にひらめいたものがある。ハッとして歩を停めた。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
だからそれは、夢からうつつへ転じる電瞬のような秒間であるが、その短いあいだに、彼の頭の中では、実に、さまざまな想念が、あたかも電光いなずまのごとき速度で往来するのであった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「魔者をうちもらしたか、あれは、お前さん達の手にはちょと合わないよ、眼に見えない電光いなずまひらめいて、二人は殺されてしまったな、かあいそうに、だが、銀色の眼のきろきろ光るがまは見たろうな」
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
すると、其声の終えない中に、闇の中から人影が、ヒラリと前へ飛び出して来たが「カーッ」とはげしく一喝した。それと一緒に閃々と電光いなずまのようなものが閃めいた。
赤格子九郎右衛門 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その、無窮にして無限の時の流れから見ると、人の一生などは、電光いなずまのような瞬間です。その瞬間に、こうして、同じ時代に生れ合ったというだけでも、実にしきえにしと申さねばならぬ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
マストや煙突が遙かあなたにボンヤリそびえて見える所——その辺は闇のように暗かったが——そこまで一団が来た時に思いもよらない活劇が、電光いなずまのように湧き起こった。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)