閑雅かんが)” の例文
閑雅かんがの趣おのずから画面に溢れ何となく猪牙舟ちょきぶね艪声ろせいかもめの鳴くさえ聞き得るような心地ここちがする。かの柳はいつの頃枯れ朽ちたのであろう。
ここの炉も床の間も、改めて見直せば、元は茶屋にでも使っていたらしい閑雅かんがな造りなのである。そこの小床ことこの棚に、彼の眼をひいた物がある。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水に映って、それは閑雅かんがのちらちらであろうと思えた、この支流である飛騨川の峡谷はまた本流の蘇川峡とは別趣の気韻きいんをもって私に迫った。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
蔓草のさねかずらをした妻が、閑雅かんがな都言葉を口にすることは、俊寛にとって、この上もない楽しみであった。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
うじ育ち共にいやしくなく、眉目びもく清秀、容姿また閑雅かんがおもむきがあって、書を好むこと色を好むがごとしとは言えないまでも、とにかく幼少の頃より神妙に学に志して
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
中将ちゅうじょう」という面があるが、嘉門の顔はそれに似ていた。が、年は争われない。しわが顔にうねっていた。とはいえそういう皺にさえも閑雅かんがで上品なものがあった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
日本人は昔から怠惰なる国民ではなかったけれども、境遇と経験とが互いに似ていたゆえに、力を労せずして隣国の悠長ゆうちょう閑雅かんがの趣味を知り習うことを得たのである。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
宝田寿来、通称は金之助きんのすけ、一に閑雅かんがと号した。『作者たなおろし』という書に、宝田とはもと神田よりでたる名と書いてあるのを見れば、まことうじではなかったであろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
床柱は白南天しろなんてん、天井が鶉杢目うずらもくめで、隅爐すみろが切ってある。いかにも静寂閑雅かんがなかまえ。こんなふうにしていると、なんだか御大藩の家老にでもなったような鷹揚な気持になる。
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そこで十五少年の父母は醵金きょきんをしてケートのために閑雅かんがな幼稚園を建て、その園長に推薦すいせんした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
彼女かのおんなは先刻と違って、別段姿勢を改ためるでもなく、そろそろ歩き出すでもなく、宝石商の窓へ寄り添うでもなく、寒さをしのぎかねる風情ふぜいもなく、ほとんど閑雅かんがとでも形容したい様子をして
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは友松も心からよろこんでいうことのできる返辞だった。光秀のために、光秀の晩節は、ぜひともそういう所へ落着かせたい。閑雅かんがへ導きたい。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
六閑堂は甚質素にして閑雅かんがの趣があった。佐藤一斎の記に、「黝堊ゆうあくテ、麤埴そしょくヲ用ヒ彫琢ちょうたくヲ去ツテ素樸そぼくニ従フ。ソノ清迥閑曠せいけいかんこうノ趣、一ニ山人逸士ノ棲止スル所ニ類ス。」
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
振り返ると、おお何と典麗てんれいな白帝城であろう。蓊鬱おううつたる、いつも目に親しんで来たあの例の丘陵の上の、何と閑雅かんがいらか、白い楼閣ろうかく、この下手しもてから観るこの眺めこそは絶勝であろう。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
と南国なまりのナポレオン君が、ゆうべにかわらぬ閑雅かんがの口調でそうすすめて、にぎやかの万国旗が、さっと脳裡のうりに浮んだが、ばか、大阪へ行く、京都へも行く、奈良へも行く、新緑の吉野へも行く
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
深川の高橋のほとりに、山田宗徧そうへん住居すまいがあった。川を裏庭へ取り入れて、閑雅かんがな趣きを凝してある。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その一つの小高みに閑雅かんがな古典的の堂宇どうう隠見いんけんする。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「見えましょう、此処から。あの見るからに閑雅かんがな門のある一構えが、灰屋どののお住居すまいです」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
隠士の家と聞けば、なるほどと、どこか床しい閑雅かんががあった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)