遠音とおね)” の例文
けれども、船宿の二階に離れていて、霜にゆる白刃の音を、遠音とおねに聞いているというような風流は、ちょっとないことです。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
芝居はもういているのだ。わたしは遠音とおねはやしを聞いて、「今頃は友達が舞台の下で、豆乳を買って食べてるな」と想った。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
尺八は近くがよく、一節切は遠音とおねがいい。さて、どこの風流子であろうかと思うまに、その音はふッと絶えてしまった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
市街地にも種物商や肥料商が入込んで、たった一軒の曖昧屋ごけやからは夜ごとに三味線の遠音とおねが響くようになった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一人、丘の上なるがけに咲ける山吹と、畠の菜の花の間高き処に、しずかにポケット・ウイスキーを傾けつつあり。——うぐいす遠くる。二三度鶏の声。遠音とおね河鹿かじか鳴く。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かすかにうぐいす遠音とおねが、話のあいの様に聞えて来たりした。昔を語るにふさわしい周囲の情景だった。
二癈人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
余もまた久しく浅草代地あさくさだいちなる竹翁の家また神田美土代町かんだみとしろちょうなる福城可童ふくしろかどうのもとに通ひたる事あり度々『鹿しか遠音とおね』『月の曲』なぞ吹合せしよりいつとなく懇意になりしなり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
たとえば「鉄砲の遠音とおねに曇る卯月うづきかな」というのがある。同じ鉄砲でもアメリカトーキーのピストルの音とは少しわけがちがう。「里見えそめてうまの貝吹く」というのがある。
映画時代 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
遠音とおねに雪江さんの琴を聴きながら、主人の勘定高い話を聴いていると、琴の音が食料にからんだり、小遣に離れたりして、六円がボコン、三円でベコンというように聞えて、何だか変で
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
謡の声、三味線の音も遥かの遠音とおねを聞けばこそ面白けれ、枕許近くにてはその音が頭に響き、甚だしきは我が呼吸さへ他の呼吸に支配せられて非常に苦痛を感ずるやうになつてしまふた。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その時、遠音とおねに聞えたのは鶏の鳴く音です。その鶏は宵鳴きをしたものやら、時を告げたものやら、いっこう要領を得ない鳴き音でありました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「う、うウむ……」というのは多市のうめきであろう。枕元には銀五郎が、その寝顔を見まもりながら、三味さみ遠音とおねや色町の夜を外にして深い思案に落ちている。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜になったのでは雌波めなみおと一つ立たないで、阿漕あこぎうらで鳴く千鳥が遠音とおねに聞こえるくらいのものでありました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その時、はるか南裾野みなみすそのにあたって、ぼう——ぼう——と鳴りひびいてきた法螺ほら遠音とおね、また陣鐘じんがね
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むせびながら静かにしていると、どうやら遠音とおねにおさな児の泣く音がする。遠音とはいえ、思いきって近くも聞える。遠くなり近くなって、おさな児の泣く声。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しゅ椅子いすによって、しずかな藤波ふじなみへ、目をふさいでいた快川和尚かいせんおしょうは、ふと、風のたえまに流れてくる、法螺ほら遠音とおね陣鉦じんがねのひびきに、ふっさりしたぎん眉毛まゆげをかすかにあげた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、やがてジッと立つならば、鳴門の渦潮百千のつづみ遠音とおねとも聞えるであろう頃。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このごろ、遠音とおねにその音を聞くと、土地の者は、おそれをなして早く戸を締める。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ゆうべの雨の絶えだえに聞いた、あの一節切ひとよぎり遠音とおねを、ふたたび耳の底に聞くように。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ遠音とおねに、川流れの警告を聞いただけで、米友の発憤ぶりは何事だろう。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
笛と太鼓の音は、すぐ前の竹藪たけやぶにひびいて遠音とおねながら手にとるようです。
その時、わしをよぶ高楼こうろうふえはまだ、しのびやかに遠音とおねであった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
苛責かしゃく遠音とおね痴蝶ちちょうかく
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)