蹴放けはな)” の例文
昨夜ゆふべの収めざるとこの内に貫一は着のまま打仆うちたふれて、夜着よぎ掻巻かいまきすそかた蹴放けはなし、まくらからうじてそのはし幾度いくたび置易おきかへられしかしらせたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その侍は牛の御前のほうから出て来て、おみやの蹴放けはなされるのを見て、なに事とも知らぬまま、駆けつけたようであった。
吐露ぬかすとんだ才六めだ錢を貸すかさぬはかくも汝の口から馬鹿八とは何のことだ今一言ひとことぬかしたら腮骨あごぼね蹴放けはなすぞ誰だと思ふ途方とはうもねへと云へば切首きりくびは眼を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
咄嗟とっさの間にソレだと思って狼狽したらしい。ガブリと潮水を呑まされながら、死に物狂いに蹴放けはなして、無我夢中で舟に這い上ると、ヤット落付いてホッとしたもんだが……
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
冬子も恩人の危険を見てはられぬ、這いながら一人いちにんの足に絡み付くと、𤢖は鉄のような爪先で強く蹴放けはなしたので、彼女かれ脾腹ひはらいためたのであろう、一旦は気を失って倒れた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
乙平は捨てて置けなくなったので、手早く身体を拭いて帷子かたびらを引掛け、刀を掴み取る暇もなく素跣足すはだしのまま庭へ飛び下り、黒部の柴折戸しおりど蹴放けはなすようにして隣の庭へ飛び込んで行った。
が、本能的に、今だっ、と床下から飛び出して、邸内に駈け上ると、見当をつけた居間の方へ飛び込んで行った。蹴放けはなすように開けた扉の向うに、背の高い白人の姿が見えた。デューランだ。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
障子を蹴放けはなして驀地まつしぐら躍込おどりこめば、人畜にんちく相戯あひたはむれてかたの如き不体裁。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
敢て立つ、岩根蹴放けはなつ。
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
今や抜刀斬込み隊の勢いである、遠慮は無用、杉戸をがらりと明けて、襖は土足のままこれを蹴放けはなしてずかずかゆく、非常に壮快だ、無人の野を席捲せっけんする概がある
古今東西の如何なる聖賢、英傑といえども、一個のミナト屋のオヤジに出会ったら最後、鼻毛を読まれるか、顎骨あごぼね蹴放けはなされるかしない者は居ないであろう。試みにす。看よ。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
バチンバチンと庭のを打つ騒ぎに、並居なみいる渡世人や百姓の面々は、すはこそ出たぞ、地震地震と取るものも取りあえず、燭台を蹴倒し、雨戸を蹴放けはなして家の外へ飛び出せば
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
りゅうのやつに杖を蹴放けはなされて、みじめに土間へひっくり返ったときも、ちくしょうとは思ったがやる気にはなりませんでした、それから義一が上り端へ出て来て、——ひとをいい笑い者にしたとき
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もしそれ百尺竿頭かんとう、百歩を進めた超凡越聖ちょうぼんおっしょう絶学ぜつがく無造作裡むぞうさりに、かみは神仏のあご蹴放けはなし、しもは聖賢の鼻毛を数えるに到っては天魔、鬼神も跣足はだしで逃げ出し、軒の鬼瓦も腹を抱えて転がり落ちるであろう。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)