蹴倒けたお)” の例文
忠作が武者振むしゃぶりつくのを一堪ひとたまりもなく蹴倒けたおす、蹴られて忠作は悶絶もんぜつする、大の男二人は悠々ゆうゆうとしてその葛籠を背負って裏手から姿を消す。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それは全くある人間の全身の体力が全力をこめて突き倒し蹴倒けたおして行ったものであり、ただその姿が風であって見えないだけの話であった。
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
三郎はそれを蹴倒けたおして右のひざに敷く。とうとう火筯を安寿の額に十文字に当てる。安寿の悲鳴が一座の沈黙を破って響き渡る。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
気が狂ったか、糞婆くそばばあめ。(庖丁を取り上げ、あさを蹴倒けたおし、外にのがれ出る。どさんと屋根から下へ飛び降りる音が聞える)
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
すると、あくまで剛情ごうじょううまきゅうあばして、こうの百しょうをそこに蹴倒けたおして、手綱たづなって、往来おうらいしたのでした。
駄馬と百姓 (新字新仮名) / 小川未明(著)
太郎は、瓶子へいしを投げすてて、さらに相手の左の手を、女の髪からひき離すと、足をあげて老人を、遣戸やりどの上へ蹴倒けたおした。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鬼が出るという古廟に泊まると、その夜なかに寝相ねぞうの悪い一人が関羽かんうの木像を蹴倒けたおして、みんなを驚かせましたが、ほかには怪しい事もありませんでした。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
言い終るや、ぱッ! と杉戸を蹴倒けたおした。と見る。そこに、喬之助が立っている。顔いろ一つ変えずに、鼻と鼻がぶつからんばかりに、ぬッくと立ちはだかっているのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
社務所と別な住居すまいから、よちよち、いしきを横に振って、ふとった色白な大円髷おおまるまげが、夢中でけて来て、一子の水垢離みずごりを留めようとして、身をたてはやるのを、仰向あおむけに、ドンと蹴倒けたおいて
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その途中、彼は、幾つもの燭台しょくだい蹴倒けたおした。騒ぎに乗じて、火災を起すつもりらしい。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あんまり乱暴なことをしやあがるので、ツイ足がすべって野郎を蹴倒けたおしたんです」
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
そして脇玄関のほうへとびだし、どこかの障子でも蹴倒けたおしたのだろう、ばりばりがたーんという物音をさせ、さらにがたぴしどたばた賑やかな音響を展開しながら、ついに外へと出ていった。
思い違い物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、父は突然立ち上って来て、またしても私を蹴倒けたおした。
その声が終らない内に、ミチは勇に蹴倒けたおされた。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
家中かちゅうの者皆障子を蹴倒けたおして縁側へけ出た。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
若者は皆まで云わない内に、仰向けにどうと蹴倒けたおされた。蹴倒されたと思うと、大きなこぶしがしたたか彼の頭を打った。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
トヨ公が笠井氏のほおを、やったのでした。つづいて僕が、蹴倒けたおしました。笠井氏は、四ついになり
女類 (新字新仮名) / 太宰治(著)
竜之助は短刀を奪い取って身を起すと共に、はったと蹴倒けたおすと、お浜は向うの行燈あんどん仰向あおむけに倒れかかって、行燈が倒れると火皿ひざらこわれてメラメラと紙に燃え移ります。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
はッ! とすると、玄蕃、謡本の見台けんだい蹴倒けたおして、部屋の中央に突っ立っていた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と思うか思わない内に、妻は竹の落葉の上へ、ただ一蹴りに蹴倒けたおされた、(ふたたび迸るごとき嘲笑)盗人は静かに両腕を組むと、おれの姿へ眼をやった。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一つどうんと惣七を蹴倒けたおしておいて、お高を促して部屋を出ようとした。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
これはあなた方の思うように、いやしい色欲ではありません。もしその時色欲のほかに、何も望みがなかったとすれば、わたしは女を蹴倒けたおしても、きっと逃げてしまったでしょう。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたしはこう云いかけた時、いきなり雪の中へ蹴倒けたおされました。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)