蹌踉よろよろ)” の例文
痛む足を重さうに引摺つて、旅人は蹌踉よろよろと歩いて行く。十時間の間何も食はずに歩いたので、粟一粒入つてゐない程腹が凹んでゐる。
散文詩 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
何某なにがし。)とかのペンを持った一人が声を懸けると寝台の上に仰向あおむけになっていたのは、すべり落ちるように下りて蹌踉よろよろと外科室へ入交いりかわる。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二三度彼方此方あちこちで小突かれて、蹌踉よろよろとして、あやうかったのをやッ踏耐ふんごたえるや、あとをも見ずに逸散いっさんに宙を飛でうちへ帰った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼のまはりには何時になつても、庭をこめた陽炎かげろふの中に、花や若葉が煙つてゐた。しかし静かな何分かの後、彼は又蹌踉よろよろと立ち上ると、執拗に鍬を使ひ出すのだつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
武智十次郎ならねども、美しい白が血だらけになって、蹌踉よろよろと帰って来る姿を見ると、生殖の苦をう動物の運命を憐まずには居られなかった。一日其牝犬がひょっくり遊びに来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と叫ぶと蹌踉よろよろと椅子の方へ倒れかかった。加十、失神しなければよいが。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
なおも蹌踉よろよろと歩みを運んで、とうとうネオン横丁をとおり抜け、その辻の薄暗い光の下に暫く佇立していたが、決心がついたのでもあろうか、その儘まっすぐに三越裏の壁ぎわを這うようにつたわり
ネオン横丁殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は数間先を蹌踉よろよろと歩いている女の背後から声をかけた。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
彼は蹌踉よろよろ踏出ふみいだせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
図書 (心づき、蹌踉よろよろと、且つ呼吸いきせいて急いで寄る)姫君、お言葉をも顧みず、三度の推参をお許し下さい。わたくしを賊……賊……謀逆人むほんにん、逆賊と申して。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
犬は旅人を見ると、なつかしげにぱたぱた細い尾を動かしたが、やをら立上つて蹌踉よろよろと二三歩前に歩いた。
散文詩 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
不便ふびんさもかばかりなるは、と駈け着けるうちあやつりの糸に掛けられたよう、お雪は、左へ右へ蹌踉よろよろして、しなやかな姿をみ、しばらく争っているようでありました。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、あかるい町に、お辞儀をして、あの板の並んだ道を、船に乗ったように蹌踉よろよろした。酔っています。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いいつけられて内儀は恐々こわごわ手をいて導けば、怪しき婦人は逆らわず、素直に夫婦に従いて、さもその情を謝するがごとく秋波斜めに泰助を見返り見返り、蹌踉よろよろとして出行きぬ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
透かさぬ早業はやわざさかさに、地には着かぬ、が、無慚むざんな老体、蹌踉よろよろとなって倒れる背を、側の向うの電信柱にはたとつける、と摺抜すりぬけに支えもあえず、ぼったら焼のなべを敷いた
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
渠は胸中の劇熱を消さんがために、この万斛ばんこくの水をば飲み尽くさんと覚悟せるなり。渠はすでに前後を忘じて、一心死を急ぎつつ、蹌踉よろよろみぎわに寄れば、足下あしもとに物ありてきらめきぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
豆府屋蹌踉よろよろしてふみこたえ、「がみがみうない、こっちあ商売だ。」と少しく勃然むっとする。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
橋杭はしぐいももうせて——潮入しおいりの小川の、なだらかにのんびりと薄墨色うすずみいろして、瀬は愚か、流れるほどは揺れもしないのに、水に映る影は弱って、さかさまに宿るあしの葉とともに蹌踉よろよろする。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お蔦もいきおいに連れて蹌踉よろよろ起きて出て、自慢の番茶のほうじ加減で、三人睦くお取膳。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蹌踉よろよろと、壁へ手をつくばかりにして、壇を下り切ると、主税は真暗まっくらな穴へ落ちたおもいがして、がっくりとなって、諸膝もろひざこうとしたが、先生はともかく、そこまで送り出そうとした夫人を、平に
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と一ツしゃくり附けると、革を離して、蹌踉よろよろもたれかかる。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)