ゆた)” の例文
家柄は貴族に属していましたし、その上に父は商業を営んで莫大ばくだいな財産をもっていたので、何の不自由もなくゆたかに育ったのでした。
ラヴォアジエ (新字新仮名) / 石原純(著)
もしその数なり実質なりがゆたかに過ぎたならば、ここに再び新たな容易ならざる階級争闘がひき起こされる憂いが十分に生じてくる。
片信 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
勿論これには多額の費用がるので、金持だけが之をするのだが、大してゆたかでないギラ・コシサン夫婦はまだ之をしていなかった。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
画面は、場末の酒場で、あまりゆたかでない中年の男が二人、卓子テーブルに向いあって静かにカードを手にして競技をつづけている。
自分等が知つてから二年ばかりつて、其学校はつぶれてしまひ、跡には大審院の判事か何かが、その家を大修繕して、ゆたかに生活して居るのを見た。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
そんな時生活のゆたかな老友の書斎にいると、心境と環境がまるで異っているだけに、いくらか気分が落ちつくのだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
死ねばもちろんたとえ逮捕されて獄屋に繋がれても自筆の遺言状さえ用意しておけば、後顧の憂いがなく心が常にゆたかに保てると思ったからであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
革命前のオランダの一般人は全体として生活がゆたかであったと一般に認められているように思われるからである。
自分はいろいろ経営の合理化を研究して、店員全体の生活をゆたかにするようにと努めているが、これでよしと安心の出来るにはまだまだ前途遼遠である。
植物の研究が進むと、ために人間社会を幸福にみちびき人生を厚くする。植物を資源とする工業の勃興ぼっこうは国のとみやし、したがって国民の生活をゆたかにする。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「光子さん自身が現に良家の令嬢、深窓の佳人だった。その後先方の親父が此方の親父を負かして市会議員に当選したくらいだから、買収力のあるゆたかな家庭だ」
妻の秘密筥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
川はだん/\狹く汚なくなつて、も生えぬ泥溝どろみぞのやうになつた頃、生活のゆたかならしい農村の入口に差しかゝつて、其の突き當りに駐在所もありさうであつた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
といふよりは、をつとが非職の郡長上りか何かで、家が餘りゆたかで無いところから、お柳の氣褄を取つては時々うして遣つて來て、その都度家計向の補助を得てゆくので。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
ゆたかならぬ、生活くらし向きは、障子の紙の破れにも見え透けど、母なる人の木綿着ながら品格よきと、年若き息子の、尋常ならず母に仕ふるさまは、いづれ由緒よしある人の果てと。
野路の菊 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
九夏三伏の暑熱にもげず土佐炭紅〻あか/\と起して、今年十六の伜の長次と職人一人を相手として他念なく働いたおかげで、生計も先づゆたかに折〻は魚屋の御用聞きなどを呼入れて
名工出世譚 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
阿賀妻は手をひろげて、「明日は一ぱい」とこれらの家族にゆたかな身ぶりをして見せた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
けれども商売が如何いかに繁昌するも、産業がなにほど隆盛に趣くも、はたまた個人の所得如何にゆたかに、国庫の歳入が幾ら充溢するも、更にまた鉄艦てっかんうみおおうも、貔貅ひきゅうに満つるも
国民教育の複本位 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
汝が品格を高め、そが働きのゆたかとならんため!
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
そこのお嬢さんたちがゆたかに勉強して、一日一日と物識りになり、美しくなっていくのを、黙って見ていなければならぬ恨めしさ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
三十五たん帆が頻繁ひんぱんに出入りしたものだったが、今は河口も浅くなり、廻船問屋かいせんどんやの影も薄くなったとは言え、かつおを主にした漁業は盛んで、住みよいゆたかな町ではあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
といふよりは、夫が非職の郡長上りか何かで、家が余りゆたかで無いところから、お柳の気褄きづまを取つては時々うして遣つて来て、その都度家計向うちむき補助たすけを得てゆくので。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
射倖心しゃこうしんや嗜虐性の満足を求める以外に、逞しい雄雞の姿への美的な耽溺でもある。余りゆたかでない生活くらしの中から莫大な費用を割いて、堂々たる雞舎を連ね、美しく強い雞共を養っていた。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
仙台の遊廓ゆうかくで内所のゆたかなある妓楼ぎろうの娘と正式に結婚してから、すでに久しい年月を経ていたが、猪野が寿々廼家の分けの芸者であった竹寿々の面倒を見ることになり
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
明らかに貧しい生活くらしなのにもかかわらず、まことに融々ゆうゆうたるゆたかさが家中にあふれている。なごやかに充ち足りた親子三人の顔付の中に、時としてどこか知的なものがひらめくのも、見逃みのがし難い。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
厘毛の利を争うことから神を創ることに至るまで、偽らずに内部の要求に耳を傾ける人ほど、彼はゆたかに恵まれるであろう。凡ての人は芸術家だ。そこに十二分な個性の自由が許されている。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)