おなか)” の例文
綾子さん、このごろの習慣ならわしで、寡婦やもめ妊娠はらむのは大変な不名誉です。それに貴女あなたのそのおなかは誰の種だか、御自分で解りますまい。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その松明の光に照らされ、切ってある炉の脇に坐りながら、乳がないのでおなかがすいて、泣き立てる嬰児あかんぼを搖すりながら、彼女はうたっているのであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その志は、正太をおなかに持ち、お仙を腹に持った後までも、変らない積であった。人には言えない彼女の長い病気——実はそれも夫の放蕩ほうとうの結果であった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
貴郎はちょいと酒の対手あいてに呼んだ芸者へ二円の祝儀を出しておきながら私とおなかの子と二人の命を
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ほら、ほら、つかえてしまって云えないじゃあないか。おまえはわたし達にあかくしていてもおなかん中じゃあ、いつか一度は、誰の世話にもならないで一人で立派なものになろうと思っているのだネ。イイエ頭を
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
・一章読んではおなかに伏せる「青天人」の感触
其中日記:08 (八) (新字旧仮名) / 種田山頭火(著)
「もう食べたくないの、おなかが一杯で」
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ウワーツ、陽気な踊り手にはおなかもない
そのおなかの貢さんじゃ。これがまた女の中で育ったというもので申分の無いお稚児様に出来ているもの。誰でも可愛がるよ、可愛がりますともさ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おなかの中で、「なにも俺は、無理に一緒に成れと言ったんじゃ無いんだ——串談じょうだん半分に、一寸そんなことを言って見たんだ——お前達はそうって了うから困る」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
... 少しずつ食べたら、おなかが張りましょう」大原「張りましょうとも。三十六碗でも随分沢山です。全体それは何と何が三十六碗になるのです」お登和「支那料理の本式は何でも四いろずつ出るので、 ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
(わたしも何かいただいて、少しでもおなかをくちくしたいものだ)
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
・ねむれない秋夜のおなかが鳴ります
行乞記:11 大田から下関 (新字旧仮名) / 種田山頭火(著)
まむしの首を焼火箸やけひばしで突いたほどのたたりはあるだろう、とおなかじゃあ慄然ぞっといたしまして、じじいはどうしたと聞きましたら
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こういう阿爺おやじを持ってかたづいて来た人のおなかに正太が出来た。お種は又、夫の達雄が心配するとは別の方で、自分の子が自分の自由にも成らないことを可嘆なげかわしく思った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と見ると、むらむらと湯気が立って、理学士がふたを取った、がよっぽどおなかが空いたと見えて
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三吉は、この兄の歌そのものより、はしも持てないような手で筆を持添えて、それを口にくわえて、ぶるぶる震えてまでもなおおなかの中にあることを言表わそうとしたその労苦を思いやった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今度は座敷に入って、まだ坐るか坐らないに、金屏風の上から、ひょいと顔が出て、「おなかが空いたろがね。」と言うと、つかつかと、入って来たのが、ここに居るこの女中で。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
岸本はおなかの中でそれを言って見て、何となくがらんとした天井の下を眺め廻した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「じゃと申して、土をかじってはおなかが承知いたしませぬ処から、余儀なく悪いことを致しまする。ああ、この世からの畜生道、い死目には逢われますまい。果敢はかないことでござります。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其日は晝飯ひるを食はずだから、宿へ頼んで、夕飯を早くして貰つた。皆なおなかが空いて居た。一時は飮食のみくひするより外の考へが無かつた。嫌ひな船に搖られた故か、A君は何となく元氣が無かつた。
伊豆の旅 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
伜がおなかります頃、女房と二人で、鬼子母神様きしもじんさま参詣おまいりをするのに、ここを通ると、供えものの、石榴ざくろを、私が包から転がして、女房が拾いまして、こぼれた実を懐紙ふところがみにつつみながら
読者のおなかの中に置かなければ承知しないといふ遣方やりかたであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)