めしい)” の例文
暗澹あんたんな思いでいましたが、めしいの覚一どのですら、燃ゆるような一念をお持ちだし、あなたもそれを生きがいに世を愉しんでいらっしゃる。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
 己を深く信じて行われた事は奇蹟となって現れ水を酒ともおかえなされ又めしいたものに再びこの世の光りをおあたえなされる事も出来たのじゃ。
胚胎 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
おのが唇を許した二人の男を前に、こうまでも厚顔であり無恥である彼女の態度は、蔑まれるべく十分であった。しかし、私達は明らかにめしいていた。
いつのまにか外は霧が薄らいで、桃色の明るみに変っていた。煖炉の火が消えかかっていた。電灯の消えた室内に、茫としためしいたような明るみがあった。
二つの途 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
正道はなぜか知らず、この女に心がかれて、立ち止まってのぞいた。女の乱れた髪はちりまみれている。顔を見ればめしいである。正道はひどく哀れに思った。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あらゆる恐ろしいもの、あらゆる醜いもの、あらゆる色彩、あらゆる動き、あらゆる音響が、彼の脳髄を痴呆ちほうにし、彼の眼をめしいにし、彼の耳を耳なえにした。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おしつんぼめしいなどは不幸には相違ありません。言うあたわざるもの、聞くあたわざる者、見るあたわざる者も、なお思うことはできます。思うて感ずることはできます。
春の鳥 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しかしながら、単なる時の経過では決してけさせることのできない、あの朝の性格はこのようなものなのだ。われわれの眼をめしいさす光りは、われわれにとっては闇にすぎない。
そう厄介船やっかいぶねと、八人の厄介やっかい船頭と、二十余人の厄介やっかい客とは、この一個の厄介物やっかいものの手にりてたすけられつつ、半時間ののちその命を拾いしなり。このいてめしいなる活大権現かつだいごんげんは何者ぞ。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かれ等の官能はめしいている。是非もない。村山の「マヴオ」がスピツベルゲンなら、エイスケの「バイチ」はバタゴニヤだ。勿論かれ等は初めから芸術などという古い観念を破壊しているのだ。
惰眠洞妄語 (新字新仮名) / 辻潤(著)
めしいの悲しさ、刀を持つすべは知らないが、鍼を持っては人におくれを取ろうとも覚えない、今打ったのは、十四経にも禁断の鍼として、固く戒めている頂門ちょうもん死針しにばり、どうもがいても助かりようは無い
禁断の死針 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「はい。お変りなく、と申しあげても、めしいの身、御成人ぶりも仰げません。……私も大きくなったでございましょう」
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真面目な科学者は、彼の片目をめしいにした爆発物を、なお残りの隻眼で分析する勇気と、熱愛と、献身とを持つ
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
東の空の大きな黒雲の影に包まれて、めしいたようなだだ白い明るみが遠くまで一様に澄み切っていた。
月明 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
が、脈を打って吹雪が来ると、呼吸はむせんで、目はめしいのようになるのでありました。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「こんなときは、めしいが悲しゅうございます。私を連れては、お母あさまだって、どうする思案もつかないでしょうに」
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……ふと、病まれてすらそうなのに、めしいのお子の母御さまは、どんなお気持ちやらと、お見かけした途中から、他人事ひとごとならず、お察し申しておりました
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それもこの目のめしいがさせてくれたのだ。目が見えぬゆえ人皆の欲しがる物に思いをわずらわされずに。……して、おへんは湊川合戦の後は、どこに?」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「……めしいの法師やその母ぐらいはよろしいが、かまえて、足利家の人間を、東宮へ近づけてはならんよ」——と。
昨夜、淀の辺にて、配下の者が、人もあろうに、足利殿の御縁者という尼前あまぜめしいのお息子を、ほかの怪しき雑囚ざっしゅうと共に、つい六波羅牢へ曳き入れまいた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
職屋敷ではまず従来から乞食扱いにされていためしいの琵琶弾きを収容して、これに官の印可いんかと保護を与えた。また、すさんだ大道芸に平曲へいきょくのよさを習得させた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この大きな世の波濤に会ってその姿も見せなくしている無数な弱き者——磯べの貝殻のような力なきもの——めしいの覚一やら草心尼などの安否もふっと思い出されていた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
めしいの覚一と草心尼とを、彼も忘れていなかった。とくに一色右馬介は、六波羅攻めの当夜から、兵をつれて捜し求めていたが、今日までその安否も分らずにいたのである。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「子の覚一のことか。ならばその子も、義貞が手にひきとって、たとえめしいでも、ひとかどの者にしてつかわそう。……のう小夜野、なにもさまで悲しむことはなかろうに」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれど老成してござるからひじりといってもおかしくない。めしい最上のくらいなので、ころもに、検校帽子をかぶり、後ろに燕尾えんびを垂れて行くさまは、唐画とうがの人を見るようじゃったな
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「かれに君臣の道が明らかに見えているくらいなら、今日の禍いは起りません。かれはもう道義のめしい、人倫の外道げどうと化しておる者です。人として考えるわけにはゆきません」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まだまだおまえは修行しゅぎょうが足りない。なぜめしいとなったなら、心眼しんがんをひらくくふうをせぬ。ものは目ばかりでみるものではない。心の目をひらけば宇宙うちゅうの果てまで見えてくるよ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、この騒ぎも、ほどなくしずまろうが、しかし、当分は世間も物騒、尼前あまぜめしい外出そとでなど、思いもよるまい。お二人には、しばらく、この小松谷におられるがようござる」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
の官名をゆるされたので、めしいのことゆえ、彼が介添えのもとにまかり出たものであるとか。
まだ十一、二歳でしかあるまいに、いたましいことに、めしいであった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「とは申せ、めしいを連れていること。行き暮れておりますうちに……」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれどめしいの直感には、まっ暗な秘密のふちが、右馬介のことばの先にある気がされた。——それは訊いてもよくないことだろうし、あきらかに教えもしまい。——そう得心したように覚一もまた黙った。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝は、めしいの覚一にも、心が濡れるほど美しい。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まことに、めしいの一念とでは」
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「だって、そなたはめしいなのに」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
めしいか」