おや)” の例文
このおやと子と突然に別離わかれを告げたのである。それも尋常一様の別離わかれでない。父は夢のように姿を隠して、夢のように死んだのである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そんなことは、知っていますよ。それだって、父娘おやこの仲だもの、あたいがおやにお礼をいわなくっちゃならないってわけも、なかろうじゃないか。はいはい、苦労を
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「かしこまりましてござります。櫂に仕込んだおや譲りの貞宗、これで九十郎めの首打ち落とし……」
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
御処分の日はまだ先の事にしても、今夜限りで、四家へ分れ分れにお預けになってしまう身上しんじょうだ。——例えば、内蔵助殿のようなおやと子も、叔父と甥も、多年の友も……
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後家ごけを立て通すが女性をんな義務つとめだと言はしやる、当分は其気で居たものの、まア、長二や、勿体もつたいないが、おやうらんで泣いたものよ——お前は今年幾歳いくつだ、三十を一つも出たばかりでないか
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
それも真実わが腹痛めた。息子か娘が患者の場合じゃ。ほかの骨肉みうちの連中と来たなら。同じ血分けたおや兄弟でも。実に冷淡無情なものだよ。ことにお若い妻君なんぞは。申訳もうしわけだけ二三日位は。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
差当っての愛想あいそにはなる事だし、また可愛かわいがっている娘の言葉を他人ひとの前でくじきたくもなかったからであろう、おやただちに娘の言葉に同意して、自分の膳にあった小いのをもあわせておくってくれた。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
市郎は一人児ひとりこであった。小児こどもの時にうみの母には死別しにわかれて、今日こんにちまでおや一人子一人の生涯を送って来たのである。父は年齢としよりも若い、元気のい人であった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おやも娘も、物堅いので有名な石川家のこと、間違いはあるまいが、それにしても……」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大違おほちげエよ、此夏脚気踏み出して稼業かげふは出来ねエ、かゝあ情夫をとこ逃走かけおちする、腰のたゝねエおやが、乳のい子を抱いて泣いてると云ふ世話場よ、そこで養育院へ送られて、当時すこぶる安泰だと云ふことだ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
実のおや薦僧こもそうと落ちて行ったことや、また、北条家の玄関さきへ、度々お杉ばばが訪れて、悪たいを並べたことなどを——歩き歩き話しつづけていたが、そのおばばで思い出したらしく
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お見捨てくださいますな。ほんとの、おやひとり、ひとりの、私です……」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつの間にか、てまえはおやになっていたのです。……知らなかった。済まなかった。……急に今、胸を責めつけられました。てまえはあの女に、あんなみじめな物売りはさせては置かれません。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「子を観ることおやにしかずだっ——。重盛、そちもすぐわかってくる」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まことに、はばかりですが、これを妙心寺の愚堂様に、ご返上申してください。そして恐れ入りますが、今のように仰っしゃって、又八は大坂でひとまずおやになって、働くと伝えて下さいませぬか」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)