おき)” の例文
それにも増して、刀身へ穴でも穿けるかのように、その刀身を見詰めているのは、おきのように熱を持った薪左衛門の眼であった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おしんは竈の下からおきを『十能』に入れて、表の室のマツチの屑と、煙草の吸殻で一杯になつて居る穢い長火鉢に入れながら
長吉は黙って掌でおきの見当をつけて煙草をけた。お杉の顔はあざけりでいっぱいになっていた。お杉は次のへやへ顔をやった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それへ上手じょうずに灰を掛けて、朝は真赤なおきになっているようにして置く事が、今でも家刀自いえとじ技倆ぎりょうであり、また威望の根拠でもあるごとく見られていた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「元始、女性は太陽であった」といったらいてうの落日のはやさや、晶子の情熱のおきの姿に身をもってあらがうように、田村俊子の作品がうちだされた。
婦人作家 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そのうちに、あたりがそろそろ暗くなり出し、おりおり炉の中でくずれるおきが、ぱっと明るく彼の顔をてらした。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
微睡まどろみの睫毛はみてゐる。……囲炉裏に白くなつたおきを。(それが、宛らわたしの白骨、焼かれた残んのほねに似る)
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
肉刺まめが出來てはつぶれ、出來てはつぶれして、手の平の皮が次第に厚くなつて來た。もうぢき、平氣で素手でおきをつかむといふやうなことにもなるだらう。
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
こんな片田舎のことだ、巴里ッ児の真似は出来るもんでもない、私たちはおきでまア辛抱しなけれアなるまいよ。それにもう、そう云ってるうちにじき春だからね
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
これらの火は翌朝十時ごろ焔はなきも、おきはなほ盛なりという。また塔の中段に丸窓はあるも、硝子なし。
地震なまず (新字新仮名) / 武者金吉(著)
さう言つて、煙管から煙草のおきを藁束のなかへはたき落すと共に、フウフウ吹きはじめた。切羽つまつた哀れな村長の義妹は、やつとその時、元気を取り戻した。
女たちが出て行ったあとの炉ばたで、白い灰をかぶったおきを見ながら彼は凝然としていた。第一は、目下の食糧購入費を得るために、『税庫建築』を請負うこと。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
お袋は箱篩の手を止めて上りがまちの冷え切つた火鉢へ粗朶をぼち/\と折り燻べた。煙が狹い家に薄く滿ちた時に火鉢へはおきが出來て煤けた鐵瓶がちう/\鳴り出した。
芋掘り (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
竈の戸を開いて大きな十能でおきをすくつて外へ出した。皆其処へ寄りて竹火箸で骨をえり乱した。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
あの秋の祭に雪子の家に請待しやうだいを受けて、瀬戸の火鉢のふちをかゝへて立つと手からすべり落ち灰やおきが畳いつぱいにちらばつた時の面目なさが新に思ひ出されては、あるに堪へなく
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
日々の馴れとて、わたくしは、われと黒髪をよもぎに撒き散らし、簪に野茨を挟むも、焚火のおきを河泥に混ぜて顔を隈かき絵取る術も、わざとらしいものには思わなくなりました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そうして、大いなるおきのひとつを鷲掴わしづかみにして、再び弁兆の眼前を立ちふさいだ。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ストーヴが一つ片すみにあって、火が燃されておきが見えていた。表通りの街燈が、その貧しい室のうちにぼんやりした明るみを投じていた。奥の方に別室があって、たたみ寝台が置いてあった。
死者のほこりの下にそのおきはまだ残っていた。マチィーニの眼とともに消えてしまったと思われるその火はふたたび燃えだしていた。昔と同じ火であった。それを見ようとする者はきわめて少なかった。
夜の満都の灯 明滅するネオンのおきのうえ トンネルのような闇空に
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
春ゆふべ眼に白らけゆくおきの色のものやはきかなや火桶かい
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
みたされないたかしの心のおきにも、やがてその火は燃えうつった。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
あとにおきが残つたので、その燠でおみおつけも出来た。
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
おき火を廣く散らし布き、其上串を据えかざし
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
砥石が無けりゃおきをのせてやってもいい。
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
「火を、ようしめせよ、おきが散るぞよ。」
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
氷河、白銀の太陽、真珠の波、おきの空
また おき霊床たまどことする
頌歌 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
わたしは水馬歯みづはこべを刻んで、それへ該里シェリイの酒を滴らせる。秋ばかりは、金いろの時間が、おきのやうにいぶつて。…
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
仕事も早じまいだったらしく、炉の中には、灰になりかかったおきが、ひっそりとしずまりかえっていた。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
と、夕陽の加減ばかりではなくて、本来が鋭い眼だからでもあろう、瞳のあたりにおきのような光が、チラ、チラ、チラと燃えるように見えた、妖精じみた光である。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いまの多計代にのこっているものは、そのおきであり灰だとして、その燠と灰とは、様々の涙にしめらされて、何ときつい刺戟する匂いを立ちのぼらしているだろう。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
まつたくこれは不思議だ! 蠢めきながら見る見る大きくなつて、まるでおきのやうに赤くなつた。
おきのたつた火を、そのままにして彼は、湯鑵を再びその上へかけた。彼はもう茶を入れて飲む方の興味は失つて居たが、水が湯になるあの過程の微妙な音のひびきは続けて置きたかつた。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
クヨークリはおきのごとく具体的ならず、炉から外へ出せばたちまちにしてただの灰と化し去る。すなわち第二のコタツ、日中のコタツの、以前は自在に企てえられざりしゆえんである。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ふみ読みて楽しかりにしきぞへばおき掻きほぜり冬よるべなし
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
おきが残つてゐたわけだ。行かう。」
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
その虫はおきの上でぷちりと動顛どうてんした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
繻子しゆすの肌した深紅のおき
ちやうど百姓が煙草を吸ひつけようとして素手でおきを持つた時のやうに渋面を作つてフウフウ息を吹きかけながら、月をこちらの手からあちらの手へと持ち換へ持ち換へしてゐたが
ツケダケのタケは焚くという語との関係も考えられるが、なお私たちは竹細工のくずのことだろうと解している。それを乾かして貯えて置いて、直接におきの火にその一握ひとつかみを押当てて吹いたのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
煖炉のおきに据えている伸子の指は、やがて、自働的に動きだし、大きく二つに裂かれたままになっていた素子の手紙を、更にほそいたてにさき、またそれを、もっとこまかいきれにちぎって行った。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そうして嘉右衛門の見開かれた眼に、おきのような光が燃えて来た。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
老人は、おきの火の中から黒い塊を火串で拾い刺して
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
婆々ばばあはゐてサ、おきの前でヨ
火のおきを貰っていつものようにあたたまろうとしました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)