烙印らくいん)” の例文
私はまた擦り直す。その時逆にした灰吹の口に近く指に当るところに磨滅した烙印らくいんで吐月峰としてあるのがいつも眼についた。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
五年の徒刑、それだけにしてほしい——あるいは二十年——あるいは鉄の烙印らくいんの終身でも。ただ生命いのちだけは助けてくれ!
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
でもあの事件が妙子の経歴に一種の烙印らくいんしたことにって、一層彼女をかたよらせるようになったことも確かであった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それほど本当のことを何の怖気もなくぱっぱっと言ってしまう子供たちから、受持教師の杉本は低能児という烙印らくいんを抹殺したいとあせるのであった。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
十五世紀から十九世紀までも英国で行なわれたような、労働立法を制定して、額に烙印らくいんすのが一等だ。むちで打つのだ、耳を半分切り取ることだ。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
それとも烙印らくいんのようなものでもすとか、そんなわけにはいかんものでしょうかね……さもないと、もしそこに混乱が起こって、一方の範疇の人間が
紙屑とボール紙との貼り合せであると思っていたこの世が、その人には神の烙印らくいんと見えたのであろうか。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
その運命的な契合けいごうは、ツルゲーネフの人生観の上にも作風の上にも、消しがたい烙印らくいんしています。
「はつ恋」解説 (新字新仮名) / 神西清(著)
思想落後と言われることは反革命の烙印らくいんをおされることにもなる。そこで女はたちまち、貞操を投げ出す……どうだ、アナーキズムよりか、ずっと進んどるじゃないか
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
そして、一方では妙子さんの頬に怪指紋の烙印らくいんを捺し、一方では川手氏に接近して、その内ポケットに、掏摸すりのような手早さで、あの封筒をすべり込ませたものに違いない。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それが明晰めいせきに語られるならば、異端の烙印らくいんを蒙るおそれは決して存しないわけではなかった。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
『額の烙印らくいん』を信ずるのはもう時代遅れだ。僕ならそんなものはいつでも剥がして見せる。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
せっかくの研究が「いかもの」の烙印らくいんを押されるような気味が感ぜられるからである。
ジャーナリズム雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もしくは大宗教家になりたい。しかし僕の願というのはこれでもない。もし僕の願が叶わないで以て、大哲学者になったなら僕は自分を冷笑し自分のつらに『いつわり』の一字を烙印らくいんします
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
豪奢をも、——この豪奢に対する憎悪は中流下層階級の貧困の与える烙印らくいんだった。或は中流下層階級の貧困だけの与える烙印だった。彼は今日も彼自身の中にこの憎悪を感じている。
金澤氏の年々受け得た所の二樣の鑑札は、蒼夫さんの家のはこに滿ちてゐる。鑑札は白木の札に墨書して、烙印らくいんを押したものである。札はあな穿うがを貫き、おほふに革袋かはぶくろを以てしてある。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
もし民藝品たる「大名物」に、美しい器という烙印らくいんが押されているなら、なぜ他の多くの民藝品にも大名物格の美を認めないのであるか、私はこの問い方を極めて合法的であると思うのです。
民芸とは何か (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ときどき、私はその下宿での自分の経験が、皮膚の奥から一つの烙印らくいんのようにまざまざと浮かびだすのを感じる。そして、たぶん、私は一生あのときの自分から他人にはなれないのだ、と思う。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
ご自慢だとみえる黒髭くろひげをひねっていましたが、ようやく幾枚かの紙幣を男法界おとこほっかいが女に烙印らくいんでもすように与えて、チタ子をある処へ誘ったようでしたが、彼女は商人的な寝床が気に入らないらしく
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
しかしそれには、家畜のように君の肩に烙印らくいんをおす主長がなんで必要なものか。君はどんな合図を待ってるんだい。もう長い前に信号はされてる。装鞍そうあんらっぱは鳴ったし、騎兵隊は行進してる。
惨苦が額に烙印らくいんをおす。どれもこれも、鉛色の顔をし、ぼんやりと漂うような眼付をしていた。裸足。むっとするような獣類の匂い。りあげた不気味な顱頂ろちょう。足を曳きずるような奇妙な歩き方。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
夫に死に別れたとか年が寄って養い手がないとか、どこかにそうした人生の不幸を烙印らくいんされている人達であることを吉田は観察していたのであるが、あるいはこの女もそうした肉親をその病気で
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
死の烙印らくいんをせおうあなたの背中でふさ
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
何よりもそう云う風にして妙子に「勘当」の烙印らくいんしてしまうことなどは、考えても可哀かわいそうであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
烙印らくいんを押されかつ反撥したるこのなぞのごとき言葉に対する時、人の思想はその最も暗い深みにおいて刺戟され、社会哲学はその最も悲痛なる考慮をいられる。
取り付きようもない娘の心にせめて親子の肉情を繋ぎ置き度い非情手段から、翁はのろいという逆手ぎゃくてで娘の感情に自分を烙印らくいんしたのだったが、必要以上に娘を傷けねばよいが。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ここで蹶起部隊は大命に抗する叛徒だという烙印らくいんがおされた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
彼の魂に『烙印らくいん』をしたのである。
ブルツス、マルセル、ブランケンハイムのアルノルト、コリニーなどに、みな恥辱の烙印らくいんを押すことができるか。叢林そうりんの戦い、街路の戦い、それが何ゆえにいけないか。
始めて此方が「敗者」の烙印らくいんされる側に立たされたこと、———にあるが、それはあらかじめ覚悟していたことだとして、夫婦がはなはだ気を悪くしたのは、沢崎と菅野未亡人との手紙の書き方
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
パン屋の窓ガラスを肱で突き破って、パンをひときれつかみ取った。するとパン屋は俺をつかみ取った。そのパンを食いもしねえのに、終身徒刑で、肩に三つ烙印らくいんの文字だ。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
当然あなたからきらわれるべきひじをあなたに接し、あなたの握手をかたり取ることになります。あなたの家では、尊い白髪と烙印らくいんをおされた白髪との両方に、尊敬を分かつことになります。
この言葉のうちにこそ目に見得る懲罰があるのである。各語は皆烙印らくいんの跡を持ってるかと思われる。普通の言葉も皆ここでは、獄吏の赤熱した鉄の下にしわを刻まれ焼き固められてるかと思われる。
まわりをうろついて肩の烙印らくいんを見ようとする無関係な人々の好奇な目つきに身をさらしたとき、空は暗くなり、その冷たい驟雨しゅううがにわかにおこって、その四角な中庭のなかに、彼らの裸の頭の上に
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)