)” の例文
最初は死んだ母親の形見の珠数をいて見ましたが、これは素晴らしい香木で、すっかり丈太郎の異常嗜好を満足させてしまいました。
窓もふすまも閉めきったままで、病人の躰臭たいしゅうがこもっているため、必要以上に香をいているらしく、座敷いっぱいがむせるほど匂っていた。
侍女の万野までのは、姫の黒髪の根に伽羅きゃらの香をきこめたり、一すじの乱れ髪も見のがさないように櫛をもっていたりしていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あのたおやかな古文の妙、たとえば真名盤まなばんこういたようなのが、現代のきびきびした物言ものいいに移されたとき、どんな珍しい匂が生じるだろう。
『新訳源氏物語』初版の序 (新字新仮名) / 上田敏(著)
そしてこの胸壁を周らした小さな街は、四囲の寂寥をしてさらに悲しきものとするために、時ありて幾条か、静かに炊爨すゐさんの煙を空にくのである。
測量船 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
で、ひまな折にちよい/\遊びにくと、金春家では香好きな豊和への御馳走とあつて、いつも秘蔵の香をいたものだ。
かすかにき捨ての、香の匂うたしなみのいい、師匠の寝間にはいると、菊之丞、紫の滝縞の丹前を、ふわりと羽織って、床の上に坐っていたが
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
几帳きちやうのかげに、長い髮に香をきしめさせてゐるのもある。鬢上びんあげをしたまま煙草をくゆらしてゐるのもある。
(旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
恋桜反魂香こいざくらはんごんこう」——つまり、おしちが、吉三きちざの絵姿をくと、煙の中に吉三が姿を現わして、所作になる——という、あの「傾城浅間嶽けいせいあさまだけ」を翻あんしたもの——そして
京鹿子娘道成寺 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
わが庵の竹の林に、こぬか雨今朝も湿しめれり。春さきのこぬか雨なり。ふるとしも見えぬ雨なり。こぬか雨笹にこもりて、かうけばかうもしめりて、事もなし、ただあかるけし。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
炷物たきものいているのでもあろうか? 香料を身につけているのでもあろうか? 駕籠の中から形容に絶した、かんばしい匂いが匂って来た。いやいやそうではなさそうであった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
へだてのふすまをとり払つた、だだつ広い座敷の中には、枕頭にきさした香の煙が、一すぢ昇つて、天下の冬を庭さきにいた、新しい障子の色も、ここばかりは暗くかげりながら
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
照らせしわが身みながらきてあらむ。
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
香はしきりにかれてゐた
愛の詩集:03 愛の詩集 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
近寄せてはなりませんぞ、御係りへはわたしから届ける、もう一つ、麝香じゃこうきなされ、無ければ持たせてよこす、毒を消すには至極だから
山椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は折々書見の眼をあげて、この古ぼけた仏画をふり返ると、必ずきもしない線香がどこかでにおっているような心もちがした。それほど座敷の中には寺らしい閑寂の気がこもっていた。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何処どこからともなくきこえて来る、クラヴサンやヴィオラ・ダ・ガンバや——今の世の生活には縁の遠い古代の楽器から発するほのかな音楽や、沈香や白檀をくらしい幽雅な香の匂いなどは
馥郁ふくいくと香をくというおさまりかたなので
護摩ごまき修し、伴天連ばてれんすくひよぶとも
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
香木かうぼくずゐあぶらゆし
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
予感というのであろう、加代の心はつよくとがめられるような不安を感じた。かな女は部屋をきれいに片づけ、香をいて待っていた。この屋敷には梅の木が多かった。
日本婦道記:梅咲きぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
蓮座をいて仏座と名づけ、外に慈覚大師の念珠、足利義政の卓、楊貴妃の椅子、唐人の笠、石帯——などさえ焚いたと言うことですから、丈太郎の欲望も決して例の無いことではありません。
きぬ、ひるがへる魚を見よ。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
わが手をそへてきもしつ
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
「客間を少し飾ったらいいだろう、牧野は花が好きだからなにか活けるさ、香もいて置く方がいいな、それから……酒は抜きだがまるで無しという訳にもいくまい」
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しめやかに香などをいて居ります。
きこめぬ、そのまごころ。
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
三日にいちどずつ松尾が剃刀かみそりを取って月代さかやきをあたってくれた、肌衣は毎日とり替えられた、狭い家の中は掃除がゆき届いて、香がかれたり、床に花が活けられたりした。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
由紀はふかくうなだれたまま辛うじてそううなずいた。……母が立ったとき、由紀もいっしょに立って仏間へいった。彼岸にはいったので仏壇には燈明がともり香がいてあった。
日本婦道記:藪の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
雨の日の黄昏たそがれで、座敷の中はすでに暗く、香をくかおりがせるほど強く匂っていた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
花を飾り香をき、なにか軽口を云っては妻を笑わせ、またしばしば音曲の巧者を招いて、ふすまをはらったこちらの座敷で演奏させ、自分は妻の枕許まくらもとで、さも楽しそうに酒を飲んだ。
契りきぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そのうちに香の匂いがして来、あんまり強く匂うので、どうかしたかと思ってみにゆくと、病人がからだが臭いと云うので、香をいているのだから心配には及ばない、とおしのは答えた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
雪洞ぼんぼりを屏風の外に置いたので、そこはほの暗く、いた香が爽やかに匂っていた。
上使をおくりだしてから、みよは仏壇にあかしをいれ、良人の遺髪をあげて、香をいた。そして安之助とふたりしてその前に坐ったとき、はじめて思うままに、しかしこえをしのんで泣いた。
日本婦道記:箭竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おしのはおまさを呼んで、香炉と香を持って来させ、父の枕許でいた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
薬は二服を一度にのみ、香をいて、やや暫く静かに坐った。
月の松山 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)