濡鼠ぬれねずみ)” の例文
また偶時たまには、うツかり足を踏滑らして、川へはまり田へころげ、濡鼠ぬれねずみのやうになツて歸ツた事もあツたが、中々其樣な事にこりはしない。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
卯時うのときばかりに、篠、傘をも差さず、濡鼠ぬれねずみの如くなりて、私宅へ参り、又々検脈致し呉れ候様、頼み入り候間、私申し候は
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
人声がしきりに笑っているので、濡鼠ぬれねずみのまま飛び込むと、それは私たちのために村の青年団の人たちが番茶の接待に出てくれているのであった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
れいの石がちやんとしたよこたはつて居たので其まゝみ、石をだい濡鼠ぬれねずみのやうになつてにぐるがごとうちかへつて來た。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
お通の茶店へも十二三人、濡鼠ぬれねずみのやうなのが飛込みましたが、買切つたわけでもないのですから、源助苦い顏をしながら斷るわけにも行きません。
自分じぶん濡鼠ぬれねずみやうになつてことも、すくなからず潮水しほみづんではらくるしくなつてことわすれて、むねおどろきよろこびに、をどりつゝ、じつながむる前方かなた海上かいじやう
すると雨風に打たれて、圃の細道を走って、濡鼠ぬれねずみのようになって入って来たのは母親であります。
嵐の夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
雨に打たれながら修理にとりかかって、なかなか修理がすまぬ様子で、濡鼠ぬれねずみの姿でいつまでも黙々と機械をいじくり、やがて、キントトさんたちのバスがやって来たが
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「持って帰ったもんなら、御組長屋おくみながや此家こことの道中に、どこぞに落ちてるだんべ。さもなけりゃあ、あんなに濡鼠ぬれねずみになる理由がねえ、と俺あ勘考しやすがね、松さん、お前の推量は?」
あの洲崎で君が天水桶てんすいおけへ踏みこんで濡鼠ぬれねずみになった晩さ、……途中水道橋で乗替えの時だよ、僕はあそこの停留場のとこで君の肩につかまって、ほんとにおいおい声を出して泣いたんだぜ。
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
野薊のあざみ、蛍袋、山鳥冑などが咲いている、幅の狭い川、広い川を二つ三つ徒渉かちわたりして、穂高山の麓のたけ川まで来ると雨が強くなった、登山をあきらめて引きかえすころは、濡鼠ぬれねずみになってしまう
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
そうして、精一杯の声をげて、「おーいおーい」と呼んだ。兄夫婦は驚いてふり向いた。その時石の堤に当って砕けた波が、吹き上げるあわあしを洗う流れとで、自分を濡鼠ぬれねずみのごとくにした。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
濡鼠ぬれねずみのからだを、そこに突っ立たせるとすぐ、地だんだして、叫んでいた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
濡鼠ぬれねずみになって寒いが、極度に疲れているので、いつか睡気ねむけを催して来た。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
「途方もない。この風雨しけに夜釣なんか出来るものか。魚は釣れず、濡鼠ぬれねずみになって、大洗(大笑い)になるまでさ」
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
一つには、濡鼠ぬれねずみになった老人の姿が、幾分の同情を動かしたからで、また一つには、世故せこがこう云う場合に、こっちから口を切る習慣を、いつかつけてしまったからである。
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
判断の前に風采ふうさいを一見して、これは掃溜はきだめに鶴の亡者もうじゃ、まずお掛けなさい、と愛想を言おうとしましたが、昼間、率八に水をぶッかけられた濡鼠ぬれねずみの逃げ出しがたたッて、すっかり風邪かぜを引いたらしく
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)