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柳屋
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やなぎや
柳屋の柳の陰に、
門走る
谿河の
流に立つ姿は、まだ朝霧をそのままの
萩にも
女郎花にも較べらるる。が、それどころではない。
明和のむかし、この樹下に
楊枝店柳屋あり。その美女お
藤の姿は今に
鈴木春信一筆斎文調らの
錦絵に残されてある。
あゝ、まぼろしのなつかしい、
空蝉のかやうな
風土は、
却つてうつくしいものを
産するのか、
柳屋に
艶麗な
姿が
見える。
長旅は
抱へたり、
前に
峠を
望んだれば、
夜を
籠めてなど
思ひも
寄らず、
柳屋といふに
宿を
取る。
柳屋は
淺間な
住居、
上框を
背後にして、
見通の
四疊半の
片端に、
隣家で
帳合をする
番頭と
同一あたりの、
柱に
凭れ、
袖をば
胸のあたりで
引き
合はせて、
浴衣の
袂を
折返して
「かうやつて、かう
挽いてるんだぜ、
木挽の
小僧だぜ。お
前樣はおかみさんだらう、
柳屋のおかみさんぢやねえか、それ
見ねえ、
此方でお
辭儀をしなけりやならないんだ。ねえ、」
お
約束なれば
當柳屋の
顏立に
參つたまで、と、しり
込すること
一方ならず。
「晩にゃ
又柳屋の
豆腐にしてくんねえよ。」