放肆ほうし)” の例文
も一人はヨハン・クリスチアン・ギュンテルという放肆ほうしな天才で、風のままに放浪しながら、暴飲と絶望とに身を焦がした人である。
頭もくずれて来たし、だるい体も次第にむしばまれて行くようであった。酒、女、莨、放肆ほうしな生活、それらのせいとばかりも思えなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼の存在が注意をかぬような場所(例えば公園の群集の中)では、彼は普通人の幾層倍も、大胆に放肆ほうしにふるまうものである。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
鴎外は空想の放肆ほうしにわたるのをはなはだしく恐れていたのである。しかしそれにもかかわらず、なぜか夢を好んでいたように見える。
全く「心の病」である——彼はそこで、放肆ほうしいさめたり、奢侈しゃしを諫めたりするのと同じように、敢然として、修理の神経衰弱を諫めようとした。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鳥居清信がいはゆる鳥居風なる放肆ほうしの画風をたてしは思ふに団十郎の荒事を描かんとする自然の結果にいでたるものならん
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかれども、いまだこの日をもって、放肆ほうし遊蕩ゆうとうすべきを聞かず。しかるに邦人語意を誤解し、はなはだしきにいたりては、嫖蕩ひょうとう放肆の義となす者またすくなからず。
日曜日之説 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
彼は西洋の小説を読むたびに、そのうちに出て来る男女なんにょの情話が、あまりに露骨で、あまりに放肆ほうしで、かつあまりに直線的に濃厚なのを平生から怪んでいた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
▲自働車の上なら悠然と沈着て読書は本より禅の工風でも岡田式の精神修養でも何でも出来そうだが、電車は人間を怯懦にし、煩瑣にし、野卑にし、放肆ほうしにする。
駆逐されんとする文人 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
贖罪しょくざいというのは、あらゆる悪、あらゆる過失、あらゆる放肆ほうし、あらゆる違犯、あらゆる不正、あらゆる罪悪、すべて地上において犯さるるものに対する祈りである。
放肆ほうしな気味合の強い和泉式部や、神経質過ぎる右大将道綱の母などとは選を異にしていた。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
現代に於て離婚を容易ならしむるはいたずらに離散を事とし、結婚制度を極めて放肆ほうしなるものと化し、その結果として、づ家庭は破壊せられ次で国民の滅亡を惹き起すに至るのみである。
恋愛と道徳 (新字旧仮名) / エレン・ケイ(著)
彼らは獣力にすさまず。野猪の族と異りて、放肆ほうしなる残虐また悪戯を楽しみとせずといえども、なおその限られたる勢力を行わんことを喜びとなし、傲岸ごうがん尊大にして、子分に対しての親分たるを好む。
武士道の山 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
殿はこの失望の極放肆ほうし遊惰のうちいささおもひり、一具の写真機に千金をなげうちて、これに嬉戯すること少児しようにの如く、身をも家をもほかにして、遊ぶと費すとに余念は無かりけれど、家令に畔柳元衛くろやなぎもとえありて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
われわれはもちろん、おまえを捨ててやつの後について行った。おお、人類の自由な知恵と、科学と、人肉啖食じんにくたんしょく放肆ほうしきわまりなき時代が、まだこのうえに幾世紀も続くだろう。まさしく人肉啖食だ。
こんな放肆ほうしな精神を誰が彼へ授けたか。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
青年の放肆ほうしな空想のさせる乱行にすぎず——彼の過失はまねのできぬ気まぐれにすぎず——彼のいちばん暗い悪徳も無頓着むとんじゃくな血気にまかせてする放蕩にすぎない(と彼の取巻き連の言う)あのウィリアム・ウィルスン——がそういうようなことを
彼はそういう放肆ほうしな独立に慣れていなかった。最も自由であってもやはり規律に慣れてるドイツ人にとっては、それは無政府らしく思われた。
それをゆるめようとして、思量を植物に転じた。石蒜せきさんのことから鴎外を引き合いに出した。そして放肆ほうしな考察はいつしか鴎外の文学の芸術性にまで及んだ。
青年書生のごときは、成業を将来に期すべき者なり。いずくんぞ放肆ほうし、自棄、かの両者のひそみならうべけんや。
日曜日之説 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
世間の快楽については、何もしらぬらしい養父から、少しずつ心が離れて、長いあいだの圧迫の反動が、彼女をもすると放肆ほうしな生活に誘出おびきだそうとしていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この文学会は後には次第に有象無象うぞうむぞうを狩集めて結局文人特有の放肆ほうし乱脈に堕して二、三年後に自然的に解体したが、初めは最も選ばれたる少数者の集団であって
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
には、放肆ほうししろしまが、三筋みすぢ四筋よすぢながみだれてゐた。代助が見るたびに、擬宝珠ぎぼしゆびて行く様に思はれた。さうして、それと共にしろしまも、自由に拘束なく、びる様な気がした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その苦痛は庸三の神経にも刺さった。デパアトなぞへ来てみると一層心が痛み、自身の放肆ほうしを恥じおそれた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その葉には、放肆ほうしな白いしまが、三筋か四筋、長く乱れていた。代助が見るたびに、擬宝珠の葉は延びて行く様に思われた。そうして、それと共に白い縞も、自由に拘束なく、延びる様な気がした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それらにたいする愛好の情を少しも隠さず、しかも美徳の方はあまり許容しないような、柔弱な骨抜きのほしいままな恵み深い生きやすい道徳——快楽の契約にすぎず、相互交歓の放肆ほうしな連盟にすぎないが