掛茶屋かけぢゃや)” の例文
私は実に先生をこの雑沓ざっとうあいだに見付け出したのである。その時海岸には掛茶屋かけぢゃやが二軒あった。私はふとした機会はずみからその一軒の方に行きれていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今から丁度十年ほど前、自分は木曜会の葵山きざん渚山しょざん湖山こざんなぞいう文学者と共に、やはり桜の花のさく或日の午後ひるすぎ、あの五重の塔の下あたりの掛茶屋かけぢゃやに休んだ。
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
急ぎ足ですた/\/\/\と馬籠の宿を出外ではずれにかゝりますると、其処そこには八重やえに道が付いて居て、此方こっちけば十曲峠じっきょくとうげ……と見ると其処に葭簀張よしずばり掛茶屋かけぢゃやが有るから
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
が、堤尻どてじり駈上かけあがつて、掛茶屋かけぢゃやを、やゝ念入りな、間近まぢかいちぜんめし屋へ飛込とびこんだ時は、此の十七日の月の気勢けはいめぬ、さながらの闇夜あんやと成つて、しのつく雨に風がすさんだ。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
自分はある友と市中の寓居ぐうきょを出でて三崎町の停車場から境まで乗り、そこで下りて北へ真直まっすぐに四五丁ゆくと桜橋という小さな橋がある、それを渡ると一軒の掛茶屋かけぢゃやがある
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
振返れば山々の打重なった尾根おねと谷間のはずれには、関八州の平野の一角が見えて、その先は茫々ぼうぼうと雲にかすんでいる。文之丞はしばしここにたたずんでいると、黒門わき掛茶屋かけぢゃや
ずっと前に、私どもが滝野川たきのがわへ散歩した時、まだ詰襟服つめえりふくの井上氏を連れて、掛茶屋かけぢゃやに休んでいられるのにお会いしたことなどもありますから、古いお知合だったのでしょう。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
その時の私は屈托くったくがないというよりむしろ無聊ぶりょうに苦しんでいた。それで翌日あくるひもまた先生に会った時刻を見計らって、わざわざ掛茶屋かけぢゃやまで出かけてみた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
両側とも菜飯田楽なめしでんがく行燈あんどうを出した二階だての料理屋と、往来おうらいせばむるほどに立連たちつらなった葭簀張よしずばり掛茶屋かけぢゃや
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その岐路に掛茶屋かけぢゃやがありました。「くずもちあり」とした、小さな旗が出ています。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
知れまいかねえ、行って買って来ないか、安い薬だが利く薬だが、先刻さっき通った時榎があって、一寸休むとこが有って、掛茶屋かけぢゃやではないが、あれから曲って一町ばかりくと四五軒うちがあるが
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この青い秋のなかに、三人はまた真赤まっか鶏頭けいとうを見つけた。そのあざやかな色のそばには掛茶屋かけぢゃやめいた家があって、縁台の上に枝豆のからを干したまま積んであった。
初秋の一日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
向島むこうじまも明治九年頃は、寂しいもので、木母寺もくぼじから水戸邸まで、土手が長く続いていましても、花の頃に掛茶屋かけぢゃやの数の多く出来てにぎわうのは、言問ことといから竹屋たけやわたしの辺に過ぎませんでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
それからなか二日おいてちょうど三日目の午後だったと思う。先生と掛茶屋かけぢゃやで出会った時、先生は突然私に向かって、「君はまだ大分だいぶ長くここにいるつもりですか」
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
家は表から引込ひっこんでいる上に、少し右側の方へ片寄っていたが、往来に面した一部分には掛茶屋かけぢゃやのような雑なかまえこしらえられて、常には二、三脚の床几しょうぎさえていよく据えてあった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)