弥蔵やぞう)” の例文
ガラッ八の八五郎は薄寒そうに弥蔵やぞうを構えたまま、ひざ小僧で銭形平次の家の木戸を押し開けて、狭い庭先へノソリと立ったのでした。
何をつまらねエやつに、いつまで引ッかかっているんだ——といわないばかりの鼻先をこおらせて、木蔭こかげに、弥蔵やぞうをきめてかがんでいる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
着流しのうしろへ脇差だけを申しわけにちょいと横ちょに突き差して肩さきに弥蔵やぞうを立てていようという人物。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
唐突だしぬけに毒を吐いたは、立睡たちねむりで居た頬被りで、弥蔵やぞうひじを、ぐいぐいと懐中ふところから、八ツ当りに突掛つっかけながら
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
吉原かぶり、みじん柄の素袷すあわせ、素足に麻裏あさうらを突っかけた若い男、弥蔵やぞうをこしらえて、意気なこえで
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
その一人ひとりは頬冠りの結目むすびめを締め直しつつ他の一人は懐中に弥蔵やぞうをきめつつ廓をさしておのづと歩みもせわなる、そのむこうより駒下駄こまげた褞袍どてらの裾も長々とくばかり着流して
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
きびを煮ている鍋を下ろして、大鉄瓶おおてつびんとかけかえ、小鳥籠を前にしてぼんやりと、火にあたっているところへ、村田寛一が、胸に弥蔵やぞうをこしらえながら、ブラリとはいって来ました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
奇妙な風体ふうていをして——例えば洋服の上に羽織を引掛けて肩から瓢箪ひょうたんげるというような変梃へんてこ扮装なりをして田舎いなか達磨茶屋だるまぢゃやを遊び廻ったり、印袢纏しるしばんてん弥蔵やぞうをきめ込んで職人の仲間へ入って見たり
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「何をあわててるんだ。格子で鼻面を打ったり、弥蔵やぞうこせえたまま人の家へ飛込んだり、第一、突っ立ったまま話をする奴があるかい」
吉原冠り、下ろし立ての麻裏あさうらの音もなく、平馬の後からついて行く闇太郎——、河岸は暗し、頃は真夜中。いい気持そうに、弥蔵やぞうをきめて、いくらか、皺枯しゃがれた、さびた調子で
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
弥蔵やぞうをこしらえていた手をつン出して、紐の宅助は、ニヤリと面相を変えながら
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
目も隠れるほど深く俯向うつむいたが、口笛を吹くでもなく、右の指の節を唇に当て、素肌に着た絹セルの単衣ひとえ衣紋えもんくつろげ——弥蔵やぞうという奴——内懐に落した手に、何か持って一心にみつめながら
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まだ若そうな着流し、弥蔵やぞうが板について、頬冠ほっかむりは少し鬱陶うっとうしそうですが、素知らぬ顔で格子から赤い御神籤を解く手は、恐ろしく器用です。
と、言う呑気のんきな声が聞えて、やがて、人山を割って、一人の職人とも、遊び人ともつかないような風体の、縞物しまもの素袷すあわせ片褄かたづまをぐっと、引き上げて、左手を弥蔵やぞうにした、苦みばしった若者が現れた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
仮住居かりずまい門口かどぐちに立ったガラッ八の八五郎は、あわてて弥蔵やぞうを抜くと、胡散うさんな鼻のあたりを、ブルンとで廻すのでした。
飴の中から飛出とびだしたような愉快な江戸っ子で、大柄の縞の背広は着ておりますが、その上から白木綿しろもめんの三尺を締めて、背広に弥蔵やぞうでもこさえたい人柄です。
振り返った欽之丞、弥蔵やぞうさえもこしらえて、頬冠ほおかぶりの中に匂う顔は、歌舞伎芝居の花道で見るような男振りです。
芳年写生帖 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
敷居際に立ちはだかった八五郎は、片手弥蔵やぞうを懐へ落して、時々十手をチラリチラリと見せるのでした。
大きな弥蔵やぞうを二つこしらえて、肩で調子を取って玉水一座の裏からヌッと入ると、これが四ツ目の銅八の手柄をデングリ返させる気でやって来たとは、誰の目にも見えません。
平次に冷かされつけている狭いあわせ弥蔵やぞうを念入りに二つこしらえて、左右の袖口が、胸のあたりで入山形いりやまがたになるといった恰好は、「色男には誰がなる」と、言いたいようですが、四方あたりが妙に淋しくて