吾妻あづま)” の例文
二個の黒影——二重外套ふたへぐわいたう吾妻あづまコウト——は石像の如くして銀座のかたへ、立ち去れり、チヨツと舌打ちつゝ元の車台へ腰を下ろしたる車夫
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
女は吾妻あづま下駄をつつかけると、心配さうに店へ捜しに来た。ぼんやりした小僧もやむを得ず罐詰めの間などを覗いて見てゐる。
あばばばば (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
自家うちでもべちやくちやと、厭がらせを言つて行きましたが、吾妻あづまさんのところでも、随分色々なことを言つたさうですよ。
花が咲く (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「文次郎は薄暗くなるのをねらつて、蜘蛛が巣を張る前にあの東窓から入つて、吾妻あづま屋を殺して脱出した。それで何も彼も解るぢやないか。ね、八五郎親分」
平七は、ぼんやりとした顔つきで、ふらふらと土手をしもへ下って行くと、吾妻あづま橋の方へ曲っていった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
不思議にも無難に踏留ふみとどまりし車夫は、この麁忽そこつに気を奪れて立ちたりしが、面倒なる相手と見たりけん、そのままかぢを回して逃れんとするを、俥の上なる黒綾くろあや吾妻あづまコオト着て
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
長吉ちやうきちふるへた。おいとである。おいと立派りつぱなセルの吾妻あづまコオトのひもき/\あがつて来た。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
女は紙包かみづゝみふところへ入れた。其手を吾妻あづまコートからした時、白い手帛ハンケチを持つてゐた。鼻の所へ宛てゝ、三四郎を見てゐる。手帛ハンケチぐ様子でもある。やがて、其手を不意にばした。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
明治廿四年浅草公園裏の吾妻あづま座(後の宮戸座)で、伊井蓉峰いいようほうをはじめ男女合同学生演劇済美館の旗上げをした時、芳町よしちょうの芸妓米八よねはちには千歳米波ちとせべいはと名乗らせた時分だったか、もすこしあと
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
銀杏返いてふがへしに結つた髪、黒の紋附の縮緬ちりめんの羽織、新しい吾妻あづま下駄、年は取つてもまだ何処かに昔の美しさとあでやかさとが残つてゐて、それがあたりの荒廃した物象の中にはつきりと際立きはだつて見えた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
吾妻あづま山……鳥甲山……国見くにみ岳……山へ登っては温泉へ泊り、温泉へ泊っては山へ登って、一週間余りも遊び暮したでしょうか? 最後に高岩山へ登って、あれから戸石川の渓谷に沿って南有馬へ出て
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
谿ふかくしろきは吾妻あづまやまなみの雪解ゆきげのみづのたぎつなるらし
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
子ゆゑ吾妻あづまの鶯は角豆畑ささげばたけに啼いてゐる
沙上の夢 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
鳥の吾妻あづまの国に生れしが
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
吾妻あづままき大山だいせん木曾きそ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
相生河岸あいおいがし安宅河岸あたかがし、両国河岸、うまや河岸と、やがて吾妻あづま河岸にさしかかってもなお右岸ばかりを見捜しつづけていたものでしたから、しきりに伝六が首をひねっていると
控へたりし人の出でざるはあらざらんやうに、往来ゆききの常よりしきりなる午前十一時といふ頃、かがみ勝に疲れたる車夫は、泥の粉衣ころも掛けたる車輪を可悩なやましげにまろばして、黒綾くろあや吾妻あづまコオト着て
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
座敷外に脱ぎたる紫裏むらさきうら吾妻あづまコオトに目留めし満枝は、かつて知らざりしその内曲うちわの客を問はで止むあたはざりき。又常に厚くめぐまるる老婢は、彼の為に始終の様子をつぐるの労ををしまざりしなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)