初更しょこう)” の例文
そこらを無暗に迷いあるいているうちに、夜はだんだんに暗くなって、やがて初更しょこう(午後七時—九時)に近い頃になったらしいのです。
川をわたる夜の風が、六月といっても少し冷え冷えとして、初更しょこう過ぎの江戸の静かさは、何とはなしに身にみます。
しかるに西インド辺では日没後一時、また二時して鳴き夜明け前一、二時また鳴くが夜中に鳴かぬ、ある鶏は夜の初更しょこうに鳴くきりでその他一度も鳴かぬ。
その時ぎょく匡山きょうざんの寺へいって勉強していた。ある夜初更しょこうのころ、枕にいたところで、窓の外で女の声がした。
阿英 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
でも、わだちあとはある。宮の牛車のまえにも誰かは通ったものだろう。やがて二条富小路の禁裡の内へ御車が消え入ったのは、すでに初更しょこう(宵)の頃だった。
初更しょこうを過ぎつと覚しい時、わずかに一度やや膝を動かして、机の前に寄ったばかり。三日の内にもかばかり長い間降詰めたのは、この時ばかりであった。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鄰近処となりきんじょの家の戸や窓があけ放されるので、東南から吹いて来る風につれ、四方に湧起るラヂオの響は、朝早くから夜も初更しょこうに至る頃まで、わたくしの家を包囲する。
鐘の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
津の国人と和泉の国人はかれたように橘の門のあたりに来て、初更しょこうまで去らないことは依然続いた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
もうかれこれ五日ばかり、いつも初更しょこうを過ぎさえすれば、必ず人目に立たないように、そっと家々をうかがったのです。勿論何のためだったかは、註を入れるにも及びますまい。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
番町の治右衛門邸へ乗りつけたのが、かれこれもう初更しょこう近い刻限でした。
そのうちに、夜は初更しょこうをすぎた。庭の闇に、一かたまりの人影が、ひそかにたたずんで、村重の立座をうながした。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて夜の初更しょこう(午後七時—九時)とおぼしき頃に、家の外から小児こどもの呼ぶ声がきこえた。
もっともわたしがからめ取った時には、馬から落ちたのでございましょう、粟田口あわだぐち石橋いしばしの上に、うんうんうなって居りました。時刻でございますか? 時刻は昨夜さくや初更しょこう頃でございます。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
また途切とぎれがちな爪弾つまびき小唄こうたは見えざる河心かわなか水底みなそこ深くざぶりと打込む夜網の音にさえぎられると、厳重な御蔵おくらの構内に響き渡る夜廻りの拍子木が夏とはいいながらも早や初更しょこうに近い露の冷さに
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
越えて明くる、宵のほどさえ、分けて初更しょこうを過ぎて、商人あきんどの灯がまばらになる頃は、人の気勢けはいも近寄らない榎の下、お兼が店を片附ける所へ、突然とあらわで、いま巻納めようとする茣蓙ござの上へ
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
食後、秀吉と景勝とは、相互の家臣を遠ざけて、夕方から初更しょこうの頃まで、何事か、会談していた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「その朝の鐘は、尋有がきます。青蓮院の卯の刻の鐘が鳴りましたら、弟が、見えぬ所から見送っていると思うて下さいませ」といって、尋有はやがて、初更しょこうのころ
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法然ほうねんは、宵のうちに、わずかの間を眠っただけで、まだ初更しょこうの鐘も鳴らないうちから起きていた。そして起きているまは、一秒一瞬のあいだも、念仏を怠らないのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
全陣の将士は、晩の兵糧かてに、かかっていたが、その一トざわめきの初更しょこうが過ぎると
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
初更しょこうながら深沈とした奥庭、秋草や叢竹むらたけが、程よく配られた数寄屋すきやの一亭に、古風な短檠たんけいに灯をともしてパチリ、パチリ、と闘石とうせきの音……そして、あたりは雨かとばかりきすだく虫。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まだ春は浅い、月は若い、肌寒い初更しょこうなのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
月もおぼろ、道も夜がすみ、初更しょこうはすぎていた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
初更しょこうの星、燦々さんさんの頃
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)