そなわ)” の例文
したがって自分がこういう気分になりたいと思った時に、その気分を起してくれる非我の世界の形相がそなわっておらん事があります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人には相当に廉恥心という者がそなわってるから自分の言った語に対しても行わねばならぬという場合も起って来るものである。
イエスキリストの友誼 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
戦争で何万人殺したって凄みはでないが、この先生は天下泰平の時代に人殺しを稼業にしたという凄みがそなわっているから怖しい。ゴリラの体格。
現代忍術伝 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
しかし、そんな彼にも、生命いのちしむ本能けはそなわっていたと見えて、二十五歳の今日が日まで「死ぬ死ぬ」といいながら、つい死切れずに生き長えているのでした。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
須藤はそういう家庭に育っただけに、どことなく貴族的で、わざとらしくない品位がそなわっていた。
には平袖ひらそで白衣びゃくいて、おびまえむすび、なにやら見覚みおぼえの天人てんにんらしい姿すがた、そしてんともいえぬ威厳いげん温情おんじょうとのそなわった、神々こうごうしい表情ひょうじょう凝乎じっわたくしつめてられます。
役者というものは、風格がそなわって来ると、丁度今の羽左衛門のように、気分で見物人を圧して行く。それは容貌に依ってである。役者は五十を過ぎてから、舞台顔が完成して来る。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
臆説って、貴下あなたがお話しなすった癖に。そうしてこう骨になってから、全体そなわっているのは、何でも非常な別嬪べっぴんに違いない。何骨とか言って、仏家では菩薩ぼさつの化身とさえしてある。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
迷わせ、最後にことごとくそれを失望させる要件がそなわっている女であればよいので、必ずしもそれを天上の仙女にしなければならぬ必要は無いのであるが、最初の作だけに昔からある話の筋を
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
口があるから喰うようにそなわっている人の体だから、只く働いて天道に欠けず、骨折ってさえ居れば自然にべられるようになってあるのだから、えねえ着られねえという事はねえ筈だが
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
某氏(五七)はかなり楽な生活くらしをしていた人で、幸福であるために必要であるものはすべてそなわっていたのである。何が氏をしてかかる不幸な決意をなすに到らしめたのか、原因は全く不明である。
理性のそなわった人間なら自分が殺さないという事実は一見物的証拠が揃っていてもはっきり自分に分っている。だからその事実に立脚して外部的判断と闘うという風に考えるのは普通人の頭である。
アプリオリに人性にそなわっているのだ。作品などもいやしくも人間の心情のニューアンスなら、万人の心に必ず解るのだ。読者を信じて高い、深いことを書くべきだ。レベェルを下げる必要はない。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
私が笑えば笑う程、余計に内儀は私達を「お寺さん」にしてしまって、仮令たとえ内幕は世俗の人と同じようでも、それも各自の身にそなわったものであることなどを、半ばうらやみ、半ば調戯からかうような調子で言った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かかる高い人格と深い学識が神ならぬ「人間ども」にもそなわっているということは、生きている唯一の神として育てられた女帝には考えられなかったことで
安吾史譚:02 道鏡童子 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
実業家などがむずかしい相談をするのにかえって見当違けんとうちがいの待合などで落合って要領を得ているのも、全く酒色という人間の窮屈をかし合う機械のそなわった場所で、その影響の下に
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかも彼はほとんど以前と同じように単純な、もしくは単純とより解釈のできない清子を眼前に見出みいだした。彼女の態度には二人の間に関を話題にするだけの余裕がちゃんとそなわっていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼の地位、父との関係、父から特別の依頼を受けて津田の面倒を見てくれている目下の事情、——数えれば数えるほど、彼には有利な条件がそなわっていた。けれどもそこにはまた一種の困難があった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)