人跡じんせき)” の例文
それから、ロビンソン、クルーソーみたように難船にって一人ッきり、人跡じんせきの絶えた島に泳ぎ着くなんかも随分面白かろうと考えるんです。
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
臨湍寺りんたんじの僧智通ちつうは常に法華経ほけきょうをたずさえていた。彼は人跡じんせきれなる寒林に小院をかまえて、一心に経文読誦どくじゅを怠らなかった。
僕は我国をねらっている敵国人が、我国の人跡じんせきまれなる山中に立てこもっていると聞いてさえ驚かされたのに、彼等はどこから運搬したものか大仕掛の土木工事どぼくこうじを行い
壊れたバリコン (新字新仮名) / 海野十三(著)
人跡じんせき絶えた山中の温泉に、ただ一人雪のはだえを泳がせて、たけに余る黒髪を絞るとかの、それにまして。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
元より人跡じんせきの絶えた山ですから、あたりはしんと静まり返って、やっと耳にはいるものは、うしろの絶壁にえている、曲りくねった一株の松が、こうこうと夜風に鳴る音だけです。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
昔から人跡じんせきの到らない処であるから、仙道修行にはまたと無い処じゃ、わしはもと大和の国の神官で、山中やまなかと云う者であったが、わしが人間界におった時は、足利義満あしかがよしみつ義持よしもちが将軍になって
神仙河野久 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
白木屋しろきや百貨店の横手に降りると、燈火の明るさと年の暮の雑沓ざっとうと、ラディオの軍歌とが一団になって、今日の半日も夜になるまで、人跡じんせきの絶えた枯蘆かれあしの岸ばかりさまよっていたわたくしの眼には
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
人跡じんせきの容易に到らない道志谷どうしだにを上って行くと、丹沢から焼山を経て赤石連山になって、その裏に鳥も通わぬ白根しらねの峰つづきが見える。富士の現われるのは、その赤石連山と焼山岳の間であります。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
路はもとより人跡じんせき絶えているところを大概おおよその「かん」で歩くのであるから、忍耐がまん忍耐がまんしきれなくなってこわくもなって来れば悲しくもなって来る、とうとう眼をくぼませて死にそうになって家へ帰って
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
たどりすぎ人の心にとげぞ有る殼枳寺からたちでら切道きりどほし切るゝ身とは知らずともやがて命は仲町と三次は四邊あたり見廻すにしのばずと云ふ名は有りといけはたこそ窟竟くつきやうの所と思へどまだ夜もあさければ人の往來ゆききたえざる故山下通り打過て漸々やう/\思ひ金杉と心の坂本さかもとどほこし大恩寺だいおんじまへへ曲り込ば此處は名におふ中田圃なかたんぼ右も左りも畔道あぜみちにて人跡じんせきさへも途絶とだえたる向ふは
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かれら自身の説明によると、その祖先がしんの暴政を避くるがために、妻子眷族けんぞくをたずさえ、村人を伴って、この人跡じんせき絶えたるところへ隠れ住むことになったのである。
醤は、このからからんという音を聞くたびに、寒山寺かんざんじのさわやかなる秋の夕暮を想い出すそうである。——なにしろ、ここは、人跡じんせきまれなる濠洲ごうしゅうの砂漠の真只中まっただなかである。
然れども久米は勝誇かちほこりたる為、忽ち心臓に異状を呈し、本郷ほんがうまで歩きて帰ることあたはず。僕は矢代と共に久米をかつぎ、人跡じんせき絶えたる電車通りをやつと本郷の下宿げしゆくへ帰れり。(昭和二・二・一七)
その頃の赤門生活 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
むこうの山の頂きに何かの建物があるのを見つけて、ともかくもそこまで辿たどり着くと、そこらは人跡じんせきの絶えたところで、いつの代に建てたか判らないような、くずれかかった一宇いちうの古い廟がありました。
この人跡じんせきまれな山中に、火星の宇宙ボートが着いている。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)