“こういん”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:コウイン
語句割合
拘引38.8%
後胤30.6%
光陰5.9%
荒淫5.9%
甲寅4.7%
庚寅3.5%
勾引2.4%
行員2.4%
孝允1.2%
工員1.2%
皇胤1.2%
荒婬1.2%
黄韻1.2%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
わたしはかくしにたった十一スーしか持たなかった。それだけでは口輪を買うにも足りなかった。巡査がわたしを拘引(こういん)するかもしれない。
この物語に現われた、あらゆる人達は一人残らず、地球の表から消えてなくなり、その人達の後胤(こういん)ばかりが、残っているという事になった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
維新(いしん)の頃より今日に至るまで、諸藩の有様は現に今人(こんじん)の目撃(もくげき)するところにして、これを記(しる)すはほとんど無益(むえき)なるに似(に)たれども、光陰(こういん)矢のごとく、今より五十年を過ぎ
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
するとまた一軒の若夫婦の家では、荒淫(こういん)に耽っている間に、一粒種の二つになる子が、川へ落ちて死んでしまった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
天文二十三年甲寅(こういん)八月、筑摩織部正則重は、領内の城主横輪豊前守(よこわぶぜんのかみ)が叛逆(はんぎゃく)の報を聞いて、自ら七千騎の兵に将として月形(つきがた)の城を攻略に向った。
天保元年庚寅(こういん) 八月四日、萩(はぎ)城下松下村に生る。マヂニー隠謀のために捕えられ、追放せらる。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
その夫婦もん怪しいと睨(にら)んで勾引(こういん)したんやそうですが、その時枕もとの乱れ籠(かご)に入れてあった光子さんと綿貫(わたぬき)の着物着て、そのまま警察い連れて行かれた。
卍 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
村の銀行(ぎんこう)の金庫(きんこ)からも、ちょうど片手(かたて)でつかめるほどの金貨(きんか)と、紙できちんと巻(ま)いた貨幣(かへい)とが、ふいに空中(くうちゅう)に舞(ま)いあがり、おどろく行員(こういん)をしり目(め)に、ふわふわと飛(と)んで銀行(ぎんこう)をでてゆき
桂小五郎にもそそのかされて三人、——その小五郎は、誰だと思っちょるんじゃ。木戸孝允(こういん)で御座候(ござそうろう)の、参与(さんよ)で侯のと、御新政をひとりでこしらえたような顔をしちょるじゃないか。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
そして、素直(すなお)で特色(とくしょく)豊(ゆた)かな絵(え)は、多(おお)くの工員(こういん)たちの間(あいだ)に人気(にんき)を呼(よ)びました。なぜなら、疲(つか)れたものの精神(せいしん)にあこがれと朗(ほが)らかさをあたえることによって、彼(かれ)らを慰(なぐさ)めたからであります。
心の芽 (新字新仮名) / 小川未明(著)
道鏡禅師は天智天皇の御孫で、その皇胤(こういん)たる資格に於ては、天武天皇の御孫たる現天皇と同格以下のものではございません。
安吾史譚:02 道鏡童子 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そして呉王はこの天下第一の美人をえて大いに驕(おご)った。呉の良臣、伍子胥(ごししょ)の諫言(かんげん)も耳に入れず、荒婬(こういん)と、連日の宴舞に、国政もみだれ果てた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ホームズと私とは、朝の新鮮な空気を吸いこみ、小鳥の音楽、四月の春の生々(いきいき)とした黄韻(こういん)を享楽しながら、砂の多い広い道を進んだ。