鬼門きもん)” の例文
災厄をも親しく遇した。不運ともよく馴染み、その綽名あだなを呼びかけるほどになっていた。「鬼門きもんさん、今日は、」と彼はいつも言った。
「江戸の喉首、吉原への通ひ路、山谷堀へ緒牙ちよき船で入らうといふ左手に鎭座まします、江戸城から見るとこれが鬼門きもんに當る」
たいていは馬のあしが折れるかと思うくらい、重い荷を積んでいるのだが、傾斜があるゆえ、馬にはこの橋が鬼門きもんなのだ。
馬地獄 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
わが国は全国東西を通じて、鬼門きもん金神こんじんを恐るることが最もはなはだしい。なかんずく、鬼門は大禁物としてある。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
両国広小路は米友にとって鬼門きもんであるけれど、今はその危険を冒しても米友はそこへ行かねばならなくなりました。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「なに、蠅が入ってくる。ブルブルブル。蠅は鬼門きもんや。なんでもええ、あの空気孔に下からふたをはめてくれ」
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
たまには伺候しこうすることもあったが、帰りにいつものつぼねへは間違っても足を向けず、そっちは鬼門きもんだと、自分で自分に云い聞かして、すうっと出て来るようにしていた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と野崎君や赤羽君がからかったものだ。その徳を慕って来たジョンソン博士が今は鬼門きもんになった。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「北条も平家。ゆらい平家にとって、川は鬼門きもんなのでございましょう。富士川の水鳥以来」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鬼門きもんさわるようにおそれていた座敷ざしきだったが、留守るすだれかが這入はいったといては、流石さすがにあわてずにいられなかったらしく、こしらえかけの蜆汁しじみじるを、七りんけッぱなしにしたまま
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
するとマタ・アリも、ランドルフと一緒にパリーへ行かなければならないことになったが、第二号に捕まってあんな目にったばかりだから、パリーはマタ・アリの鬼門きもんである。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
なに坊主が小遣こづかいりにうらないをやるんだがね。その坊主がまた余計な事ばかり言うもんだから始末に行かないのさ。現に僕がうちを持つ時なども鬼門きもんだとか八方はっぽうふさがりだとか云っておおいに弱らしたもんだ
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
袈裟けさ、僧帽、くつ剃刀かみそり、一々ともに備わりて、銀十じょう添わりぬ。かたみの内に朱書あり、これを読むに、応文は鬼門きもんよりで、水関すいかん御溝ぎょこうよりして行き、薄暮にして神楽観しんがくかん西房せいぼうに会せよ、とあり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
便所は鬼門きもんを避け、腹帯はいぬの日に結ぶというごときことは、これだけを考えれば、別に他人に迷惑をかけるわけでもないから、めいめいの勝手のようではあるがかようなことを是認すれば、やがて
改善は頭から (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
たちまち、このうわさが世間せけんつたわると、もはや、だれも、このやまうえのおみや参詣さんけいするものがなくなりました。こうして、むかし、あらたかであったかみさまは、いまは、まち鬼門きもんとなってしまいました。
赤いろうそくと人魚 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「いやに鬼門きもんの方ばかり氣にしますね——、實は四谷伊賀町に不思議な殺しがあつたさうで、辨慶べんけいの小助親分が、錢形の親分を連れて來るやうにと、使ひの者をよこしましたよ」
「冗談じゃねえ」と、李逵は自分の鬼門きもんのように尻込みした。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いやに鬼門きもんの方ばかり気にしますね——、実は四谷伊賀町よつやいがまちに不思議な殺しがあったそうで、弁慶べんけいの小助親分が、銭形の親分を連れて来るようにと、使いの者をよこしましたよ」
鬼門きもんですよ。梁山泊ときては」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「飛んでもない。離室は鬼門きもんのやうなもので」
武芸者ぶげいしゃ鬼門きもん荒道場あらどうじょう
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鬼門きもんにして、寄りつく氣遣ひはあるまい