関守せきもり)” の例文
旧字:關守
哀れを止むる馬士歌の箱根八里も山を貫きたにをかける汽車なれば関守せきもりの前にひたい地にすりつくる面倒もなければ煙草一服の間に山北につく。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この国のことわざにも、光陰に関守せきもりなしと申す通り、とかうする程に、一年ひととせあまりの年月は、またたくひまに過ぎたと思召おぼしめされい。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
御両親は掌中たなぞこたまいつくしみ、あとにお子供が出来ませず、一粒種の事なればなおさらに撫育ひそうされるうちひまゆく月日つきひ関守せきもりなく、今年はや嬢様は十六の春を迎えられ
逢坂山おおさかやま関守せきもりに通行を許されて東国にむかってから、秋をむかえた山のもみじの美景も見捨てがたく、そのまま諸国行脚あんぎゃの旅をつづけることにして東海道をくだったが
血なんか流れてもいないどころか、この下々段のかまえたるや柳生流でもっとも恐ろしいとなっている不破ふわ関守せきもりという刀法……不破ふわ、他流にはちょっと破れないんです。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
『敏行歌集』に「逢坂おうさかのゆふつけになく鳥の名は聞きとがめてぞ行き過ぎにける」、鳥も夕を告げて暮に向う頃なるに関守せきもりは聞き咎めもせず関の戸も閉ざさざれば人も行き過ぎぬとなり。
(かくて月日に関守せきもりなく五月あまり一月の日はあわただしくも過ぎにけらし)
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
関守せきもりは、もう七十に近い老人である。彼は、是が非でも、じかに孔子に面会させてもらうつもりで、その宿所に門人の冉有ぜんゆうを訪ねて、曲った腰を叩きながら、しきりにまくし立てていた。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
右のつらゝさへ我をはじめつらゝはめづらしからねばしひて見にゆく人なし。此清水村の阿部翁はむかしきこえたる阿部右衛門のじようが子孫也、世々清水こえ関守せきもりたり。こゝに長尾伊賀守の城跡しろあとあり。
蟹五郎 お山の池の一の関、藪沢やぶさわ関守せきもりが控えた。名のって通れ。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
箱根の関守せきもりたちはどの程度の繁昌をこの夜に見出したであろうか。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あなたの関守せきもりがどんなにうらやましかったか。
源氏物語:16 関屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
手束弓たづかゆみ紀の関守せきもりかたくなに 碩
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ここで関守せきもりの男が来て「通行税」を一円とって還り路の切符を渡す。二十余年の昔、ヴェスヴィアスに登った時にも火口丘の上り口で「税」をとられた。
浅間山麓より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あふ坂の関守せきもりにゆるされてより、秋こし山の黄葉もみぢ見過しがたく、浜千鳥の跡ふみつくる鳴海なるみがた、不尽ふじ高嶺たかねけぶり浮嶋がはら、清見が関、いそ小いその浦々
弁解いいわけのようにうめいた伊賀のあばれン坊、不破ふわ関守せきもりの構えから、いきなり、身を躍らせると見せておいて……とりまく剣陣のさわぐすきに、近くの一人へ、横薙よこなぎの一刀をくれた。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
安宅あたかの関では弁慶の忠義、やっと関守せきもりをたぶらかし、脱け出すことは出来ましたものの、落ち行く先は辺鄙へんぴの奥地、ろくなたべ物とてはありますまいし、ろくなおとぎ衆とてもありますまいし
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
関守せきもりが先師に面会を求めていった。——
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「すなわちここが関門よ。そうして俺こそ関守せきもりよ」
柳生流でいう、不破ふわ関守せきもり……。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「立派な関守せきもり、それでこそ範覚、わしの仲間での大立て者じゃ! ……さてその大立て者の範覚殿に、至急たずねたいことがある。……旅まわりの香具師やしの一団、茨組と称する奴ばら、ここへ来かかりはしなかったかな?」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)