豪宕ごうとう)” の例文
長さ二十里に余るこの大峡谷は、実に豪宕ごうとうと偉麗とを合せ有し、加うるに他に容易に見ることを得ない幽峭ゆうしょうと険怪とに満ちている。
渓三題 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
荒船山の右の肩から奥の方に、雪まだらの豪宕ごうとうの山岳が一つ、誰にも気づかれぬかに黙然と座している。これが、信州南佐久の蓼科たでしなだ。
わが童心 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
彼はつねに武蔵野の住民と称して居る。然し実を云えば、彼が住むあたりは、武蔵野も場末ばすえで、景が小さく、豪宕ごうとうな気象に乏しい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
不思議なことにこれもフーベルマンの豪宕ごうとうさに及ばず、最近売り出されたハイフェッツのレコードに対しても、吹込みその他に遜色がある。
恵那峡の幽邃ゆうすいはともすると日本ラインの豪宕ごうとうしのぐ。ここまでのぼって来なければ木曾川の綜合美は解せられない。すばらしい、すばらしい。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
豪宕ごうとうの性をもちながら、一杖一笠、しずかに自然を友として嘯咏自適、あたかも銀盤に秋水をたたえたような清純な生涯をおくったのである。
西行の眼 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
泰文は中古の藤原氏の勇武をいまに示すかのような豪宕ごうとうな風貌をもち、声の大きいので音声おんじょう大蔵といわれていたが、全体の印象は薄気味悪いもので
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
この辺は樹も浅く山も低いので、宗矩はそうした建築の中に住んで、せめて、柳生谷の豪宕ごうとう故郷ふるさとの家をしのんでいた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
万暦には豪宕ごうとうの気が漲っているが、成化年製のは気品がない、少し下手だ。成化年は染付のもっとも優れたものとして生まれたことによって有名である。
古器観道楽 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
牡丹ぼたんは牡丹の妖艶ないのち、唐獅子の豪宕ごうとうないのちをこの二つの刃触りの使い方で刻み出す技術の話にかかった。
家霊 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
社家家宝の雪舟筆の、豪宕ごうとうの唐風景を描いた屏風が、二人を囲って立っていたが、墨色さえ寒く感じられた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
雑林地帯と違って、下萌えのない芝原に、スクスクと生い立った松の大幹の梢が、豪宕ごうとうな海風と相接する音を聞くと、言わん方なき爽快と、閑雅にひたされる。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
豪宕ごうとうな左団次(今の左団次のお父さん)が時流に合って人気を得ていた時で、その左団次が座頭ざがしらであり、団十郎が出動し、福助(今の歌右衛門)が女形おやまだというので
前方に上河内、聖が、一つは飽くまで尖鋭に、一つは飽くまでも豪宕ごうとうに麗らかな春の光の中で白銀に輝いている。背中はじっとりと汗ばんで、雪は相変らずのベタ雪である。
まるで真紅の鬼芥子の花が、乱れ咲いたか、と思うばかりの大塊——それを葱と一緒に煮ながら食えば、その味は飽くまで豪宕ごうとうといった趣きだが、また思いもよらず豊ぜいなのに驚く。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
そのせいでもなかろうが、容易に寝つかれない。橋本はもういびきをかいている。しかも豪宕ごうとうな鼾である。緞子どんす夜具やぐの中から出るべき声じゃない。ましてすその方には金屏風きんびょうぶが立て回してある。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ジーナとスパセニアと馬を並べて、静かな湖の回りを散歩したり、豪宕ごうとう天草灘あまくさなだ怒濤どとうを脚下に見下みおろして、高原の夏草の間を、思う存分に馬を走らせたり……学校はまだ休暇ではないのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
それは層々纍々と盛上って、明るい西空(既に大分夕方に近くなっていた)に高く向い合い、東のかたマイル谿たにから野にかけて蜿蜒えんえんと拡がる其の影のおおきさ! 誠に、何とも豪宕ごうとうな観ものであった。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
太平洋岸の豪宕ごうとう極まりない浜辺である。
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
雪渓は初めてだという実君は頻りに鳶口の苛責を雪に加えている。五、六町登ると谷が左に折れて、突然豪宕ごうとう極りなき舞台が行く手に開けた。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
第一楽章の幽婉ゆうえんさと第二楽章の優麗さに続いて、第三楽章の燃え立つような情熱と、その豪宕ごうとう壮快な美しきの対照は見事だ。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
狩野かのう正信、元信などを祖とする狩野派が起り、土佐絵系の復興が見られ、また安土、桃山文化などの新時代の風潮に適応して興った永徳、山楽などの豪宕ごうとう絢爛な障壁画のある一方
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
赤坂からは、上野公園奥の、谷中墓地までは、だいぶ距離があるので、大雨たいうには、神田かんだへかかると出合ってしまった。冬の雨にも、こんな豪宕ごうとうなのがあるかと思うばかりのすさまじさだ。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
泰文は中古の藤原氏の勇武をいまに示すかのような豪宕ごうとうな押出しで、とりわけ声の大きいので音声おんじょう大蔵といわれていたが、一般に、泰文という人間から受ける印象は底知れない薄気味悪いもので
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
豪宕ごうとうというか、壮大無比というか!
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
して百尺の崖底を大嵐のような音を立てながら地響打って滝のようにたぎり落ちて行く豪宕ごうとうな峡流の面影は猶更ない。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
これこそショパンがそのポーランド魂を最もよく発露させた、豪宕ごうとうなあるいは優雅な国民舞踊である。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
斯く豪宕ごうとうなる景観は、金峰山にも見られぬ程である、或は霧の間からのみ眺めた私の贔屓目ひいきめかも知れぬとは思うが。
思い出す儘に (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その印象は力と野性のみなぎりであり、そのヴァイオリンの演奏も、雄渾、豪宕ごうとうを極め、あるいは細部の彫琢を無視して、全曲の魂と力とを把握せんとするかに見えることがある。
黒部峡谷が此の如く豪宕ごうとうであり、此の如く険怪であるのは、畢竟ひっきょう周囲の地勢が然らしむるものであって、両岸の大堤防としては、最高三千米最低二千一百米
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
バッハの無伴奏曲に対するメニューインの演奏は、師ブッシュの手堅さと、その豪宕ごうとうな魂をけ継ぐもので、『無伴奏ソナタ第一番』も、名曲レコードとして数えられるであろう。
し岩壁の豪宕ごうとう壮大なる、渓流の奔放激越せる、若くは飛瀑の奇姿縦横なるものをもとめたならば、とろ八町であろうが、長門峡であろうが、或は石狩川の大箱小箱であろうが
秩父の渓谷美 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
山の姿の如何にも豪宕ごうとうであること、残雪の極めて多量なること、危険を無理にさえ冒さなければ、誰も持って生れた冒険心を適度に満足せしめ得ること等に原因するものであろう。
越中劒岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
中廊下には黒ビンカ或は段々ベツリなど呼ばれる岩壁があり、奥廊下にも薬師岳の下に幾つかの岩壁はあるが、いずれも規模がやや小さいので、下廊下のような険怪と豪宕ごうとうとを欠いている。
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)