袷羽織あわせばおり)” の例文
ヘリオトロープらしいかおりがぷんとする。香が高いので、小春日に照りつけられた袷羽織あわせばおり背中せなかからしみ込んだような気がした。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
広栄はセルのひとえに茶っぽい縦縞の袷羽織あわせばおりを着て、体を猫背にして両脚を前へ投げだしていた。広栄は広巳の兄であった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
裁縫の材料、材料で次ぎから次ぎへと追われている末子が学校でのけいこに縫った太郎の袷羽織あわせばおりもそこへでき上がった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お庄は母親に頼んであるネルの縫直しがまだ出来ていなかったし、袷羽織あわせばおりの用意もなかったので、洗濯してあった、裄丈ゆきたけの短いかすりの方を着て出かけて行った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼岸ひがん前に袷羽織あわせばおりを取出すほどの身は明日も明後日ももしこのような湿っぽい日がつづいたならきっと医者を呼ばなければなるまい。病骨は真に雨を験するのほうとなる。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
つたの葉の浴衣に、薄藍うすあい鶯茶うぐいすちゃの、たてじまお召の袷羽織あわせばおりが、しっとりと身たけに添って、紐はつつましく結んでいながら、撫肩なでがたを弱くすべった藤色の裏に、上品な気が見えて
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
きのうまではフランネルに袷羽織あわせばおりを着るほどであったが、晴れるとにわかにまた暑くなる。
秋の修善寺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
黒眼鏡をかけて、糸織の袷羽織あわせばおりに、角帯をしめて、茶の中折帽、東京から来て今生糸いと相場ほうへ思惑をしてみたが、ちょっと、追敷おいじきが足らなくなったからと、軽く言っているのだがね……
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寝床をすべって、窓下の紫檀したんの机に、うしろ向きで、紺地に茶のしまお召の袷羽織あわせばおりを、撫肩なでがたにぞろりと掛けて、道中の髪を解放ときはなし、あすあたりは髪結かみゆいが来ようという櫛巻くしまきが、ふっさりしながら
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
冬のきである。小春こはると云えば名前を聞いてさえ熟柿じゅくしのようないい心持になる。ことに今年ことしはいつになく暖かなので袷羽織あわせばおり綿入わたいれ一枚のちさえ軽々かろがろとした快い感じを添える。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は寝床を離れて、寝衣ねまきの上に袷羽織あわせばおりを重ね、床の間の方へはって行った。老いてはいるが、しかしはっきりした目で、行燈のあかりに映るその掛け物を伊之助と一緒に拝見に行った。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その夜の雨から時候が打って変ってとても浴衣ゆかた一枚ではいられぬ肌寒さにわたしはうろたえて襦袢じゅばんを重ねたのみか、すこし夜もけかけたころには袷羽織あわせばおりまで引掛ひっかけた事があるからである。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
季節が秋に入っていたので、夜の散歩には、どうかするとセルに袷羽織あわせばおりを引っかけて出るほどで、道太はお客用の褞袍どてらを借りて着たりしていたが、その日はやはり帷子かたびらでも汗をかくくらいであった。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
結城ゆうき藍微塵あいみじんの一枚着、唐桟柄とうざんがら袷羽織あわせばおり、茶献上博多けんじょうはかたの帯をぐいとめ、白柔皮しろなめしの緒の雪駄穿せったばきで、髪をすっきりと刈った、気の利いた若いもの、風俗は一目で知れる……俳優やくしゃ部屋の男衆おとこしゅ
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それが婆さんの二番目の子息むすこになる欽也きんやという医者にれられて、笹村の家へ来たのは、もう朝晩に袷羽織あわせばおりがほしいような時節であった。笹村は、それまでにその欽也という男に二度も逢っていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
歯の抜けた笑いに威勢の可い呵々からからが交ってどっとなると、くだん仕舞屋しもたやの月影の格子戸の処に立っていた、浴衣の上へちょいと袷羽織あわせばおり引掛ひっかけたえんなのも吻々ほほと遣る。実はこれなる御隠居の持物で。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「これを私の袷羽織あわせばおりに仕立てたいんですがね。」
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
鼠の子持縞こもちじまという男物の袷羽織あわせばおり
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)