興行こうぎやう)” の例文
当院たうゐん屋根普請やねふしん勧化くわんけため本堂ほんだうおい晴天せいてん七日の間芝居興行こうぎやうせしむるものなり、名題なだい仮名手本かなでほん忠臣蔵役人替名とありて役者やくしやの名おほくは変名へんみやうなり。
青磁せいじ赤江あかえ錦手にしきで皿小鉢さらこばちかど瀬戸せとものがきらりとする。横町よこちやうにはなゝめ突出とつしゆつして、芝居しばゐか、なんぞ、興行こうぎやうものの淺葱あさぎのぼりかさなつて、ひら/\とあふつてた。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「寶さがしの興行こうぎやうを思ひ付いたのは、お前に違ひあるまい」
当院たうゐん屋根普請やねふしん勧化くわんけため本堂ほんだうおい晴天せいてん七日の間芝居興行こうぎやうせしむるものなり、名題なだい仮名手本かなでほん忠臣蔵役人替名とありて役者やくしやの名おほくは変名へんみやうなり。
なにしろ、中京ちうきやう殖産工業しよくさんこうげふから、名所めいしよ名物めいぶつ花柳界くわりうかい一般いつぱん芝居しばゐ寄席よせ興行こうぎやうものの状態じやうたい視察しさつ
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
が、興行こうぎやうをり桟敷さじきまた従兄弟いとこ住居すまゐで、かほはせれば、ものをはす、時々とき/″\ふほどでもないが、ともに田端たばたいへおとづれたこともあつて、人目ひとめくよりはしたしかつた……
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
○さて戯場しばゐ造作ざうさく成就じやうじゆしても春の雪ふりつゞきて連日れんじつはれを見ず、興行こうぎやうの初日のびる時は役者になりたる家はさら也、此しばゐを見んとて諸方に逗留とうりうきやくおほく毎日そらをながめてはれまちわび
○さて戯場しばゐ造作ざうさく成就じやうじゆしても春の雪ふりつゞきて連日れんじつはれを見ず、興行こうぎやうの初日のびる時は役者になりたる家はさら也、此しばゐを見んとて諸方に逗留とうりうきやくおほく毎日そらをながめてはれまちわび
五穀豊熟ごこくほうじゆくしてとしみつぎ心易こゝろやすさゝげ、諸民しよみん鼓腹はらつゞみの春にあひし時、氏神のまつりなどにあひしを幸に地芝居を興行こうぎやうする㕝あり。役者は皆其処の素人しろうとあるひは近村きんそんえきよりも来るなり。師匠ししやうは田舎芝居の役者やくしややとふ。
五穀豊熟ごこくほうじゆくしてとしみつぎ心易こゝろやすさゝげ、諸民しよみん鼓腹はらつゞみの春にあひし時、氏神のまつりなどにあひしを幸に地芝居を興行こうぎやうする㕝あり。役者は皆其処の素人しろうとあるひは近村きんそんえきよりも来るなり。師匠ししやうは田舎芝居の役者やくしややとふ。