紅味あかみ)” の例文
久しぶりに十兵衛は、父の血色に壮者のような紅味あかみを見た。しかし云い終るとすぐ、鬢髪びんぱつしもをそそげ立てて烈しくった。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
またある時は花のやうに白いうちにも自然と紅味あかみを含んで、若く、清く、活々とした顔付をして居るやうな人であつたに相違ない。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
たとえば彼女の紅味あかみのさした豊かな頬は、青白い首の血色と対照される時に、その本来の紅さよりも以上に生き/\としたものに思えたであろう。
お絹は絵本を畳の上へ伏せて、乳色をした頬に、火鉢のかげんでぼーっと紅味あかみのさしたおもてを向けて、にっこりと笑う。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
貞世の顔は今まで盛んな運動でもしていたように美しく活々いきいき紅味あかみがさして、ふさふさした髪の毛は少しもつれて汗ばんで額ぎわに粘りついていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
日本の児女がその身にまとはんとする絹布けんぷの白さは魚類の腹の白さ(すなわち銀白色)なり。また淡紅色たんこうしょく紅味あかみを帯びたる雪の色(即ち蒼白あおじろき淡紅色)なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
頬が寒い風にって来たので紅味あかみを差して、湿うるみを持った目が美しく輝いた。が、どことなく恐怖を帯びている。唇の色もうすく、ほつれ毛もそそけていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その瞬間、フローラの頬にほんのり紅味あかみがさして、死の影の中から、はっきりとした驚きの色が現われた。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
白い顔に薄い紅味あかみを帯びて、見るから色艶のいい、頬の肉の豊かな、ちっとも俗人と変わらないみずみずしい風丰ふうぼうを具えているのが、村の若い者の注意をひいた。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
つい其処の歌舞伎座の書割かきわりにある様な紅味あかみを帯びた十一日の月が電線でんせんにぶら下って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
頬にポーッと紅味あかみがさしておりますのは、まだ童貞でいる証拠で御座いますから、除外するとしましても、その皮膚にあらわれた日本人独特の健康色のもとを流るる透明な乳白色は
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ジウラ王子はそのせて、あを白い顔に熱心の紅味あかみをあらはして、うなづきました。
ラマ塔の秘密 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
其様そんな時にはあれは友禅メリンスというものだか、縮緬ちりめんだか、私には分らないが、何でも赤い模様や黄ろいかた雑然ごちゃごちゃと附いた華美はで襦袢じゅばんの袖口から、少し紅味あかみを帯びた、白い、すべっこそうな
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
やがて空が水色に色づき、それが次第に紅味あかみざし、小鳥が八方で啼き出した。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
せぎすであったけれども顔は丸い方で、透き徹るほど白い皮膚に紅味あかみをおんだ、誠に光沢つやの好い児であった。いつでも活々いきいきとして元気がよく、その癖気は弱くて憎気の少しもない児であった。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ところどころ紅味あかみの入った羽二重しぼりの襦袢じゅばん袖口そでぐちからまる白い繊細かぼそい腕を差し伸べて左の手に巻紙を持ち、右の手に筆を持っているのが、いやしい稼業かぎょうの女でありながら、何となく古風の女めいて
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「私帰って家の阿母おっかさんに聴いて見て……。」お庄は紅味あかみのない丸い顔に、泣き出しそうなみを浮べた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
重い砂土の白ばんだ道の上には落ち椿つばき一重ひとえ桜の花とまじって無残に落ち散っていた。桜のこずえには紅味あかみを持った若葉がきらきらと日に輝いて、浅い影を地に落とした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
冷い感じのする硝子ガラスを通して望まるる町の空は暗いとは言っても早や何となく春めいた紅味あかみを含み、遠い建築物たてものの屋根や煙突もかすんで見え、戦時の冬らしく凍り果てた彼の旅の窓へも
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
乞食の顔に紅味あかみがさしてきた。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お銀はつやつやと紅味あかみをもった顔をでながら、じきに帰って来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
背丈せたけは伸びても顔はまだ子供子供した宗太にくらべると、いつのまにかお粂の方は姉娘らしくなっている。素朴そぼくで、やや紅味あかみを帯びた枝の素生すばえに堅くつけた梅の花のつぼみこそはこの少女のものだ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)