“知(ち)” の例文
凡(およ)そ説(ぜい)の難(かた)きは、吾(わ)が知(ち)の以(もつ)て説(と)くこと有(あ)るの難(かた)きに非(あら)ざる也(なり)。(五七)又(また)吾(わ)が辯(べん)の能(よ)く吾(わ)が意(い)を明(あきらか)にするの難(かた)きに非(あら)ざる也(なり)。
〔譯〕知(ち)は是れ行(かう)の主宰(しゆさい)なり、乾道(けんだう)なり。行は是れ知の流行(りうかう)なり、坤道(こんだう)なり。合して以て體躯(たいく)を成す。則ち知行は是れ二にして一、一にして二なり。
それ、日(ひ)の本(もと)の武士(ぶし)たるものは、弱きをあわれみ、力なき者を愛し、神仏(しんぶつ)をうやまい、心やさしくみだりに猛(たけ)きをあらわさず、知(ち)をもって、誠(まこと)の胸(むね)とするのが、真(しん)の武士というもの——
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
凡(およ)そ説(ぜい)の務(つと)め、説(と)く所(ところ)の敬(けい)する所(ところ)を飾(かざ)り・而(しかう)して其(そ)の醜(にく)む所(ところ)を(八五)滅(めつ)するを知(し)るに在(あ)り。彼(かれ)自(みづか)ら其計(そのけい)を知(ち)とせば、則(すなは)ち其失(そのしつ)を以(もつ)て之(これ)を(八六)窮(きは)むる無(な)かれ。
其子(そのこ)曰(いは)く、「築(きづ)かずんば且(まさ)に盜(たう)有(あ)らんとす」と。其(その)鄰人(りんじん)の父(ちち)も亦(また)云(い)ふ。暮(くれ)にして果(はた)して大(おほい)に其財(そのざい)を亡(うしな)ふ。其家(そのいへ)甚(はなは)だ其(そ)の子(こ)を(一〇一)知(ち)として、鄰人(りんじん)の父(ちち)を疑(うたが)へり。