狡獪こうかい)” の例文
お佐代さんが茶をんで出しておいて、勝手へ下がったのを見て狡獪こうかいなような、滑稽なような顔をして、孫右衛門が仲平に尋ねた。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
信西入道はあくまでも狡獪こうかいなる態度を取って、前度の乱にはつつがなく逃れたが、後の平治の乱には彼が正面の敵と目指された。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
所々でこぼこして上の方に醜いしわの寄ってる変な額が出てきた。鼻はくちばしのようにとがった。肉食獣のような獰猛どうもう狡獪こうかいな顔つきが現われた。
この手段甚だ狡獪こうかいなるを以て往々力を費さずして佳句を得ることありといへども、老熟せざる者は拙劣の句をものして失敗を取ること多し。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
かれの狡獪こうかいなそらおどしは効果こうかがなかった。火縄ひなわはいまの格闘かくとうでふみけされてしまったので、筒口つつぐちをむけてもにわかの役には立たないのである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
相手を袋の鼠の、しかも子供とあなどってか、シムソンは彼のたくらみを、さも自慢らしく述べ立てました。何という狡獪こうかいさ。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
しかも彼は立法者であるから、狡獪こうかいにもこれを享楽のためとは言わずして、婦人研究のためと称しておった。果して婦人研究か非か、とにかく、その結果は如何いかん
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ころんでも只は起きぬ狡獪こうかいさとで鳴らした人間だけあって、現在は、浮世ばなれた、暢気のんきらしい日を送っていてもなかなかどうして、油断も隙もある男ではない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それにしては現実の背景が少し貧弱で、何か物足りない感じであった。やがて圧倒的な、そして相当狡獪こうかいな彼の激情に動かされて、とにかく葉子は帰ることに決めた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
狡獪こうかいで片意地な道化者のフョードル・パーヴロヴィッチは、彼自身の言いぐさのように『世の中のある種の事柄に対しては』なかなかずぶとい気性を持っていたけれど
事によると、汝はそれ丈の証明では不充分であるというかも知れぬ。成るほど狡獪こうかいなる霊界人が、欺瞞の目的をもって、細大の歴史的事実を蒐集しゅうしゅうし得ないとは言われない。
相当な理窟りくつもあった。或程度の手腕は無論認められた。同時に何らの淡泊たんぱくさがそこには存在していなかった。下劣とまで行かないでも、狐臭きつねくさ狡獪こうかいな所も少しはあった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
政見を欠くことにおいて浅薄であり、国民の意志を眼中に置かないことにおいて専制的であり、政敵を悪罵し狡獪こうかいなる御用党を曲庇することにおいて野卑であると思います。
選挙に対する婦人の希望 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
軽浮けいふにして慓悍ひょうかんなるもの、慧猾けいかつにして狡獪こうかいなるもの、銭を愛するもの、死を恐るるもの、はじを知らざるもの、即ちハレール、セイーの徒の如きは、以て革命家の器械となるを得べし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
狡獪こうかいな眼附だと思い、なにか用ですか、と彦太郎は訊いた。早速だが、と新聞記者は鬚のない顎を捻りながら、先達、君の提出した歎願書は誰が書いたのか聞かして欲しいのだ、と云った。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ようや狡獪こうかい陰険の風を助長するのみ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
と、燕作えんさくはソロソロ狡獪こうかい本性ほんしょうをあらわして、なれなれしく竹童のびている般若丸はんにゃまるつば目貫めぬきをなでまわしながら
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あるいは狡獪こうかいとなりあるいは猛烈となり、有害にまた同時に獰猛どうもうとなって、悪徳の針をもって社会の秩序を攻撃し、罪悪の棍棒こんぼうをもって社会の秩序を攻撃する。
女はただ「存じません、存じません」と云った。玄機にはそれが甚しく狡獪こうかいなように感ぜられた。玄機は床の上にひざまずいている女を押し倒した。女はおそれて目をみはっている。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
何か狡獪こうかいな敗徳漢のように思われてならなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あのおやじから本多正純まさずみや、帷幕いばくの旧臣をひいたら、何が残る。狡獪こうかいと、冷血と、それと多少の政治的な——武人が持たぬ才を少し持っているというに過ぎない。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わめきたてて、暗に、事あれかしな群集の心理を煽動せんどうし、かたがた、自己の目的をとげようという四郎の狡獪こうかいな陰険なゆすりの手段は、思わず身の毛をよだたせる。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……だが、頼朝が天下を取ってからは、あのおべッか者は、一人としておくびにもさようなことはいい出さぬ。狡獪こうかいな頼朝は口を拭いて、知らぬ顔にこの言葉をほうむろうとしている——。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いくら狡獪こうかい家康いえやすでも、さくをもってせれば、乗らぬものでもございますまい、じつはその用意のために、早足はやあし燕作えんさく物見ものみにやッてありますゆえ、やがてそろそろここへ帰るじぶん……
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
景時の人物がまともだったら、相互のしあわせだったろうが、武あり智あり弁舌ありという傑物で、大日本史の語をかりていえば、狡獪こうかいにして陰険、しかも和歌をたしなむという複雑な才人である。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
狡獪こうかいな奉行のていは、またそこを見抜いていて
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)