指物さしもの)” の例文
指金はそのころ江戸でも名うての指物さしもの職だったが、三之助は半年そこそこでとびだし、両国橋の「船辰」という船宿へころげ込んだ。
暴風雨の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
入口の格子を叩いたのは、顏見知りの隣り町の指物さしもの職人——といふよりは、小博奕こばくちを渡世にしてゐる、投げ節の小三郎といふ男でした。
その代り生徒に何かしら実用になる手工を必修させ、指物さしものなり製本なり錠前なりとにかく物になるだけに仕込んでやりたいという考えである。
アインシュタインの教育観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
朝になりかかったころ、二人はとびらをたたく音に眼をました。クリストフは立っていって開いた。それは隣の指物さしもの屋だった。
行々ゆく/\は貴様の力になってつかわし、親父も年をっているから、何時いつまでも箱屋(芸妓げいしゃの箱屋じゃアありません、木具屋と申して指物さしものを致します)
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
監物けんもつ、堀半右衛門、堀道利みちとしなど、組々の下にある士たちが、背の指物さしものを低くかがめて、敵中ふかく突きこんでゆく姿が、おちこちに認められる。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最前さいぜんはただすぎひのき指物さしもの膳箱ぜんばこなどを製し、元結もとゆい紙糸かみいとる等に過ぎざりしもの、次第にその仕事の種類を増し、下駄げたからかさを作る者あり、提灯ちょうちんを張る者あり
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
つまり、多くの役人は、たえまのない精神的緊張から気ばらしをするため、しばらく指物さしもの仕事とか精密工学とか、そんなふうなことに没頭するということだった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
一切万事が生き生きとして進行し、判で押したようにきちんきちんと片づいて行った。磨粉場こなひきば晒布場さらしばが活動すれば、羅紗織場や指物さしもの工場や紡績場いとひきばがどしどし働いていた。
各〻の陣小屋の周囲には、それ/″\麾下きかの将卒の紋を染め抜いた陣幕がめぐらしてあり、小屋の入り口には制札が立てゝあり、旗、指物さしもの、長柄、などが幕の蔭に置いてあった。
はっきりした分業になっていて、まず木地きじ指物さしもの檜物ひものに分れます。即ち轆轤ろくろで椀をく者、板を組立てて膳や箱などを作る者、次にはひのきを材に曲物まげものを作る者の三つであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼は洋風の指物さしもの渡世とせいにする男の店先に立って、しきりに算盤そろばんはじく主人と談判をした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この人もまた実に不思議な人で、器用というのは全くこういう人の代名詞かと私はいつも思ったことであります。まず、たとえば、料理が出来る。経師屋きょうじやが出来る。指物さしものが出来る。
二区の三工場、指物さしものの工場です、あそこで働いていたんですが急に病気が出ましてね。手先や足先がしびれて感覚がなくなって来たことに自分で気づいたころから、病気はどんどん進んで来ましたよ。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
今一つ妙な癖は指物さしものが好きで、ひまさへあれば何かこつ/\指物師の真似事をしてゐたが、手際はから下手べたな癖に講釈だけはひとばいやかましく、かんなのこぎりなどは名人の使つたのでないと手にしなかつた。
「タイメイ」さんは後から何をからかわれるか気にして、窓のところへ音をたてないように寄って、人目につかない用心をしていたが、檜垣が指物さしものの話を持ちだすときゅうに元気になった。よく喋る。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
たての上に寝かした戦死者の屍を守って来るのだった。甲冑かっちゅうの死骸の上には、その武士の誉れある指物さしものが乗せられてあった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は指物さしもの職になるつもりで、浅草橋外の福井町にある「指定さしさだ」という店へ弟子入りをしたが、母が病身なため住込みでなく、特にかよい奉公をゆるされ
落葉の隣り (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
またその辺りから一帯の街道、平野、部落へかけて、麾下きか諸侯の幡旗ばんきや、各隊のつわものの指物さしものが、霞むばかり蝟集いしゅうして、宛然えんぜん戦捷式せんしょうしきかのごとき盛観を呈した。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのただ一つの物から、再起さいき旗印はたじるしを引きぬかれて、それにかわ徳川家とくがわけ指物さしものが立ってからすでに半年。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一旗一旗の指物さしものを目じるしとして、部隊は幾組にもわかれ、その組先には、各部将が馬を立てている。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)