あはれ)” の例文
重役の顔にちらとあはれみの色が見えたが、すぐまた相手が蹴爪けづめでももつてゐはしないか、と気づかふやうな不安さうな顔つきに変つた。
同じ國の村よりも、他國の村に近く住んでゐる彼等は、互に一種の誇りを持ちながら、互にあはれみ合ひ、助け合つて生活をしてゐる。
霧の旅 (旧字旧仮名) / 吉江喬松(著)
ゆき子をあはれむよりも、まづ、自分を、富岡はもてあましてゐるのだ。それにしても、夕方までも雨はやまなかつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
あはれみ給ふ故ならんこゝは一番二人が力をつくしてはたらかにやならぬ其方そなたなんと思ふと問けるに助十ももとより正直者しやうぢきものにて勘太とはだいの不和なればいふにや及ぶ力を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
是れまことに天、朕が不叡をさなく、且つ国の不平みだれたるをあはれみたまひて、天業あまつひつぎ経綸をさ宗廟くにいへを絶たざらしめたまふか
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
聖母は我が慾海の波に沈み果てんをあはれみて、ことさらに我を喚びさまし給ひしなり。否〻と叫びて、我は起ち上りぬ。我渾身の血は涌き返る熔巖にも比べつべし。
世の誚と云ふのは、多くはそねみ、その証拠は、働の無い奴が貧乏しとればあはれまるるじや。何家業に限らず、かねこしらへる奴は必ず世間から何とか攻撃を受くる、さうぢやらう。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
忠孝仁愛の心より鰥寡かんくわ孤獨をあはれみ、人の罪に陷るをうれひ給ひしは深けれ共、實地手の屆きたる今の西洋の如く有しにや、書籍の上には見え渡らず、實に文明ぢやと感ずる也。
遺訓 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
ほゞこれと前後して故郷の妻は子供を残して里方に復籍してしまつた。それまでは同棲どうせいの女の頼りない将来の運命をあはれみ気兼ねしてゐた私は、今度はあべこべに女が憎くなつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
妙に母をあはれむ様な気持になつて、若し那麽あんな事を叔父の顔を見る度に言つて、万一叔父が怒る様な事があつたら、母は奈何どうする積りだらうと、何だか母の思慮の足らないのが歯痒くて
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
余に計画けいくわくなる者あることなし、何とあはれむべき(羨むべき)生涯しやうがいならずや。
問答二三 (新字旧仮名) / 内村鑑三(著)
マア此様な意味合もあつて、骨董は誠に貴ぶべし、骨董好きになるのは寧ろ誇るべし、骨董を捻くるにも至らぬ人間は犬猫牛豚同様、誠にハヤ未発達のあはれむべきものであると云つても可いのである。
骨董 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
錢形平次は八五郎の鈍骨どんこつあはれむともなく、かう言ふのでした。
歌ふ僧の「ミゼレエレ」(「ミゼレエレ、メイ、ドミネ」、主よ、我をあはれみ給へ、と唱へ出す加特力カトリコオ教の歌をいふ)唱へはじむるとき、人々は膝をかゞめて拜したり。
元より御憎悪強おんにくしみつよわたくしにはさふらへども、何卒なにとぞこれは前非を悔いて自害いたし候一箇ひとりあはれなる女の、御前様おんまへさま見懸みかけての遺言ゆいごんとも思召おぼしめし、せめて一通ひととほ御判読ごはんどく被下候くだされさふらはば、未来までの御情おんなさけ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
おのれより富める友にあはれまれて
心の姿の研究 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
僕はむしろ富山を不憫ふびんに思ふです、貴方のやうな不貞不義の妻を有つた富山その人の不幸をあはれまんけりやならん、いや、愍む、貴方よりは富山に僕は同情を表する、いよいよ憎むべきは貴方じや
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)