ゆっ)” の例文
「今、今話すがね。まァ、ゆっくりと寛いだ方がいいじゃないですか。さ、もっとこっちへいらっしゃい。温かいところへ……」
罠を跳び越える女 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
林の脇には葉の白茶けた竹籔たけやぶがあり、その向うの畑で、一人の百姓が黙って、疲れたような動作で、ゆっくりと畑の土を返しているのが見えた。
おれの女房 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
数ヵ月のうちに母親になろうとする体のダーリヤ・パヴロヴナは、狭い部屋の中をゆっくり隅から隅へ歩いていた。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私はゆっくり行くというて、気を長く学問して、こせこせしないで行くのが私は最終の勝利を得るものだと思う。
今世風の教育 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
南京放送局の婦人アナウンサーが哀調を帯びた異国語で何かしらゆっくりと喋っている声だけが残っていた。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
事件以来既に二回会っているのだが、ゆっくり観察もしなかったが今見る彼女は物ごしの静かな、あのいかつい支倉には似合しくない貞淑そうな美しい婦人だった。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
あちらも用心しいしいゆっくり下りてくるのですから、すれ違ふまでにはだいぶ時間がかかつたのです。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
街で朝風呂をあび、ゆっくり朝食をとつてから出勤した石河は、机の前で一日苛々と暮してしまつて、会社がひけると早速蒲原家へ駈けつけてみたが、召使ひが静かに現れて
逃げたい心 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「夜道などをするから悪いのじゃ、ゆっくりと宿を取って日のうちに出で、日のうちに越えてしまいさえすれば、なんのことはなかろうに、無理をするからそんなことになる」
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ゆっくりしていらっしゃい。実際正月と云うものは予想外に煩瑣うるさいものですね。私も昨日きのうまででほとんどへとへとに降参させられました。新年が停滞もたれているのは実に苦しいですよ。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蓮華岳のゆったりした線が終ると、薬師の大岳が根張りの強い大日岳を礎のように蹈まえて、穏かな金字塔を押し立てる。遠い空に白山が独り雲のしとねを幾枚か重ねて端然と坐っている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
旅に出て、ほんとうにこんなにゆっくりした気持ちになったことは稀です。
ゆったりと休んで居た、スルト余が右手に在る大窓から絹服の音が聞こえ、其の後に紳士の靴音が続いて忍びやかに這入って来た、之は確かに舞踏室から庭へ出て庭から茲へ廻って来たので有る
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「ウン」ゆったりと唇を濡して、法水の舌が再び動き始めた。
後光殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「むずかしい客は帰ったからゆっくりやってれ、ちょうど雪が降ってきた。よかったら雪をさかなに飲み明かしても結構——河上、まずいこう」
山椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「じゃあいかがです日下部さん——日本流に早速婦人方も御一緒願うとしてゆっくり寛ろごうじゃありませんか」
伊太利亜の古陶 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ひとつゆっくり念入りに調べてお貰い申してえとねえ旦那、このレッドはいつもそう思っているんですぜ
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
朝早く起きて何よりも第一に奇麗きれいな湯に首だけつかってみようと、常は考えているが、さてその日曜が来て見ると、たまにゆっくり寝られるのは、今日ばかりじゃないかと云う気になって
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ああそれでしか」彼はゆっくり点頭した、「それなら勿論もちろんやっておりまし、せれともやっていないとでも仰さるんでしか」
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
階下でボンボン時計が、いかにも時代ものらしくゼンマイのほぐれる音を立てながらゆっくり十時を打った。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その上乗客がみんな平和な顔をして、どれもこれもゆったりと落ちついているように見えた。宗助は腰を掛けながら、毎朝例刻に先を争って席を奪い合いながら、丸の内方面へ向う自分の運命をかえりみた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おせんもそうさせてやりたかったのだが、松造は今日のうちに古河へ帰るということで、ゆっくり休むひまもなく立上った。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
どちらにしても、土曜の晩は心置きなくゆっくり愉しむ時として、忙しい週日ウイークデーの中から取除にされています。
男女交際より家庭生活へ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「宗教というやつは元もと蒙昧なものじゃないのか」裸になると驚くほどたくましい肉付の、広い胸を平手で擦りながら、秀之進はゆっくりとこう云った
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ゆっくり心静かに一枚の絵でも味おうと思えば、我々はこれ等の宝物に食われかけている不幸な人々にどいて貰い、放って貰って、志を果さなければならないのだ。
宝に食われる (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「そこを閉めて向うへいってちょうだい、もうおわかりらしいから、万三郎さまも温和おとなしくなさるでしょう、こんどはおちついてゆっくりおあがんなさい」
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
入口のところで、久しぶりにゆっくり湯で遊んで来た一人の小娘が、両膝の間でちょっと風呂敷包を挾んだ姿で余念なく洗髪に櫛を通して居た。髪はまだ濡れて重い。
町の展望 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
あのままではだめだ、いちどゆっくり話しあって、なんとか生活を変える方法をたててやらなければなるまい。
落ち梅記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ゆっくりのぼって来ながら乙女が見ていると、そのおまわりは一軒ずつ表札を眺めて来て、小祝の紙切れを貼り出してある格子の前へ立った。あけて、入って、高い声で
小祝の一家 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
表で洗濯をしていたおたかは吃驚びっくりしたような眼でこちらを見、濡れた手をそのままゆっくり立上った。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ゆったりとしたモーニング・コートの姿である。その恰幅と潮風に鍛えられた喉にふさわしい低い幅のある荘重な音声で草稿にしたがって読まれる演説は、森として場内の隅々まで響いた。
待呆け議会風景 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そうしてかなりの時間が経つうちに、鍋山の木刀の尖はゆっくりと、眼に見えぬくらい緩慢な動きで、少しずつ、少しずつすり上り、いつかしら、やや低めの青眼に変った。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
五つ年下の植村婆さんは、耳の遠い沢やに、大きな声でゆっくり訊いた。
秋の反射 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
青岳はあっけにとられ、ややしばらく顔を見ていたが、やがて感嘆したように、ゆっくりと云った。
雪の上の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そんなけばけばしいなりをしながら、片手で左わきの膝の上で着物を抓み上げ持ち上った裾と白足袋のくくれの間から一二寸も足を出したままゆっくり歩いて行く。左右を眺めるでもなく歩いて行く。
茶色っぽい町 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その男はふところ手をして、左右の家並を眺めながら、ゆっくりとこちらへ歩いて来る。古びた木綿縞の着物に半纒はんてんで、裾を端折り、だぶだぶの長い股引ももひきに、草履をはいている。
夕靄の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
出版記念の会などというものはなかなか感情が純一に行かないものだし、第一そういう趣味は網野さんから遠い故、一緒に何処かでゆっくり御飯でも食べて喋ろう。夏休みの間からたのしみにしていた。
九月の或る日 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
造り直したばかりらしい、新しい広い風呂に、ゆっくり浸っていると、雨の音がし始めた。
雨の山吹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「あとでゆっくり御覧になれるのだから御返事だけは早くなさい」
伊太利亜の古陶 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
いつか機会をみつけて、叔父の手記をゆっくり読みたいと思ったが、父が半之助の見たことを気づいたのだろう、どこかへしまい変えたらしく、たびたび捜したがみつからなかった。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おとなしやかな母親、それに答えずゆっくり床几から立った。
百花園 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その気持は充分にあるが、いちおう帰って、ゆっくり案を練ってみて、大丈夫という自信がついてから返辞がしたい、それまで五六日待って呉れるように、又五郎は大事をとってこう答えた。
おれの女房 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
Gubbio ゆっくり進み、たのしい。
ここでは酒もゆっくり飲めなかった、これからはそこをなんとか、ひとつ……
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こうゆっくり眺めてる気持が分らなけりゃ、本当の商売人たあ云われねえ
暗がりの乙松 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今日は家でゆっくりして頂こうって、大騒ぎでいろいろ下拵えをして、芸人は誰と誰を呼ぼうかって、お父つぁんもいっしょに相談して、もういらっしゃるかしらってみんなで待ってたんじゃないの
桑の木物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
淡々とした穏やかな口ぶりで、ゆっくりとおちついた調子で話した。
いさましい話 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おけいは彼を見あげて、静かなゆっくりした調子で云った。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
六助はにやにや笑って、それからゆっくりと答えた。
秋の駕籠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そしてゆっくりとそこを去った。
半之助祝言 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)