巴旦杏はたんきょう)” の例文
部屋の中央まんなかの辺りに一基の朱塗りの行燈あんどんが置いてあって、んだ巴旦杏はたんきょうのような色をした燈の光が、畳三枚ぐらいの間を照らしていた。
鸚鵡蔵代首伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
お文はわざとそういう口をきく、奮闘したあとで酒がはいって、酔ってもいるらしい、白粉のげた頬が巴旦杏はたんきょうのように赤く光っていた。
寒橋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やがてどことなく間のぬけたような笑いを見せながら「砂糖漬けのオレンジを二つと巴旦杏はたんきょうを二つと、砂糖のついた栗を二つ」
その左右の青々とした、新しい四目垣よつめがきの内外には邸内一面の巴旦杏はたんきょうと白桃と、梨の花が、雪のように散りこぼれている。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
巴旦杏はたんきょうのやうに、ぷつくりふくれた小さな唇を、なかば開いたまま、そこからかすかな寝息を出し入れしてゐる。
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ところでそこにきれいなきれいな赤薔薇ばらの色をした小さい花がさいて巴旦杏はたんきょうのようなにおいをさせていました。
私は、病気で、ていました。六つか、七つ頃のことです。昼ごろ、母は、使から帰って来ました。そしておみやげに、大きな巴旦杏はたんきょうを枕許に置いてくれました。
果物の幻想 (新字新仮名) / 小川未明(著)
のきには尾垂おだれと竹の雨樋が取付けてあり、広い庭に巴旦杏はたんきょうやジャボン、仏手柑ぶしゅかんなどの異木が植えられ、袖垣そでがきの傍には茉莉花まつりか薔薇花いけのはななどが見事な花を咲かせている。
しかもドイツやロシアやスカンジナヴィアやフランスなど各国でできたもの——ビールやシャンパンや巴旦杏はたんきょう酒や葡萄ぶどう酒——を、彼らはすべて一気に飲み下した。
しかし中で一番きれいなのは、やはりさっきハリイ男爵の踊り相手になった、あの子供らしい腕と、巴旦杏はたんきょうのような輪郭の眼をした、小さな小麦色の肌の女である。
ある幸福 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
巴旦杏はたんきょうのようにかがやいていた少女たちのほおは、みているまに白くあせて、まゆはかなしみにくもった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時、彼は自分のたもとに入れていた巴旦杏はたんきょうを取り出して、青い光沢のある色も甘そうに熟したやつを子供の手に握らせた。そして彼の隠宅の方へとその子供を連れて行った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と云うのは、墓地樹として、典型的な、ななかまどや枇杷びわたぐいがなく、無花果いちじく・糸杉・胡桃くるみ合歓樹ねむのき桃葉珊瑚あおき巴旦杏はたんきょう水蝋木犀いぼたのきの七本が、別図のような位置で配置されていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「わしがサレーダイン公爵だ」老人は巴旦杏はたんきょうをもりもりと頬張りながら云った。
羅馬ロオマ大本山だいほんざん、リスポアの港、羅面琴ラベイカ巴旦杏はたんきょうの味、「御主おんあるじ、わがアニマ(霊魂)の鏡」の歌——そう云う思い出はいつのまにか、この紅毛こうもう沙門しゃもんの心へ、懐郷かいきょうの悲しみを運んで来た。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
芥川龍之介氏の句に「漢口」という前書で「一かごの暑さてりけり巴旦杏はたんきょう
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
一日あるひ巴旦杏はたんきょうの実の青々した二階の窓際で、涼しそうに、うとうと、一人が寝ると、一人も眠った。貴婦人は神通川の方を裾で、お綾の方は立山のかたを枕で、互違いに、つい肱枕ひじまくらをしたんですね。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自然はてらわず、無理がない。自然はあせらず、おそれない。枝が柔らかくなって葉が芽ぐめば、夏の近きことを知るではないか。エレミヤは巴旦杏はたんきょうの枝が花をつけたのを見て、エホバの目覚めを知った。
薬局の三方硝子ガラス窓の外は雪のように輝やいていた。西に傾いて一段と冴え返った満月に眩しく照らされた巴旦杏はたんきょうの花が、鉛色の影を大地一面にただよわしていた。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
巴旦杏はたんきょうの熟したような色であった。女はじっとその鬼あざみを見て、華やかに笑ったのである。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と、ややあつてく。姫は巴旦杏はたんきょうのやうに肉づいた丸いくちびるを、物言ひたげにほころばせたが、思ひ返したのかそのままに無言で点頭うなずいた。アスカムは窓に満ちる春霞はるがすみの空へと眼を転ずる。
ジェイン・グレイ遺文 (新字旧仮名) / 神西清(著)
すらりとした長身で、ぬけるように肌が白く、上気して、頬が巴旦杏はたんきょうの色に赧らんでいる。真鍮しんちゅう色の眉の下に、液体の中で泳いでいるかと思うような、睫毛まつげの長い淡色うすいろの美しい眼がある。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あるものは子供の時分、本陣の裏庭へ巴旦杏はたんきょうを盗みに忍び入って、うしろからうんと一つどやしつけられたが、その人がお師匠さまであったことは今だに忘れられないとの話をはじめる。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
濡れた唇と分厚な鼻と巴旦杏はたんきょう形の黒い眼と、その眼の上に弓なりにかかっている濃い柔かい眉とがあるので、彼女に少くともある程度まで、ユダヤ種のあることは疑う余地がなかったけれど
妹には珍らしくすなおな筆つきで書きしるしてある、——できるだけ注意したとは書いたが、正直に云うと自分が悪かったのである、良人に禁じられていた巴旦杏はたんきょうを、せがまれるままに喰べ過ごさせた
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)