家中うちぢゆう)” の例文
小指は家中うちぢゆう祕藏兒ひざうつこ、泣蟲の小僧だが、始終母親の腰巾著になつて引摺られてゐるから、まるで啖人鬼女ひとくひをんなの口にぶらさが稚兒ちごのやうだ。
五本の指 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
家中うちぢゆうで一番広い客座敷の縁先には、なくなつた人達の小袖こそでや、年寄つた母上の若い時分の長襦袢などが、幾枚となくつり下げられ
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
毛の乾くのを待つて居られないといふ風に、家中うちぢゆう馳けずり廻つて、小さな体を到るところにこすりつけて、ごろ/\部屋のなかを転がつて歩いた。
(新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
すると、夜になつて家中うちぢゆうの鼠がこそ/\這ひ出して来て、鱈腹たらふくそれを食べるが、籾二斗で恰度ちやうど一年分の餌に足りるさうだ。
しかしどつかに、一銭ぐらゐおちてゐるかも知れないと思つて、家中うちぢゆうの敷物をめくつて、板のすきまをほじくつて見ましたが、一銭もみつかりません。
歯と眼の悪いおぢいさん (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
「あなたは、この家中うちぢゆうに箪笥といふものが一本もないのを変にお思ひでせう?」と婆やは軽く笑ひながら言ふ。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
御米およね家中うちぢゆう一回ひとまはりまはつたあとすべてに異状いじやうのないことたしかめたうへまたとこなかもどつた。さうしてやうやねむつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
富江が来ると、家中うちぢゆうが急に賑かになつて、高い笑声が立つ。暑熱あつさ盛りをうつら/\とてゐたお柳は今し方起き出して、東向の縁側で静子に髪を結はしてる様子。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そんなだらしの無い恰好をして居るところを、おかみさんに見つかると、肚ではそれ程怒つてゐなくても、言葉の調子の男のやうに荒いのが、家中うちぢゆうに響く小言を浴せかける。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
はしやぎのジム(飼犬いぬの名)が人々の後を追ひかけ廻つてしかられたり、子供たちが走つてころんで収穫物とりいれものが笊の中から飛び出して地べたをころ/\ころがりあるいたり、……そんな日には家中うちぢゆうに愉快な
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
博士は京都大学の近くに住んでゐるが、家中うちぢゆうは脚の踏み込むところもない程ぎつしり書物ほんで詰まつてゐる。
母のおりうは昔盛岡で名を売つた芸妓げいしやであつたのを、父信之が学生時代に買馴染んで、其為に退校にまでなり、家中うちぢゆう反対するのもかずに無理に落籍さしたのだとは
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「こゝは寒帶かんたいだから炬燵こたつでもかなくつちやしのげない」とつた。小六ころく部屋へやになつた六でふは、たゝみこそ奇麗きれいでないが、みなみひがしいてゐて、家中うちぢゆう一番いちばんあたゝかい部屋へやなのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
幸日曜日で、わたしが家にゐましたから、女房を紹介して、それから家中うちぢゆうどこも見えるやうに、わざと障子や唐紙を明けたまゝにして、少し話をしてから、バスの停留場まで送つて行きました。
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
朝になると、家中うちぢゆうには金のやうな黄色い日の光が一ぱいさします。それは水の中の紅宝石ルービー緑柱石エメラルドでかざつた御殿よりも、もつと美しいだらうと思ひます。どうぞ私と一しよに入らしつて下さい。
湖水の鐘 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
お母さんは家中うちぢゆうをさがしましたが、月謝の袋は出て来ませんでした。
(此日には源助さんが白井様へ上つて、お家中うちぢゆうの人の髪を刈つたり顔をあたつたりするので、)大抵村の人が三人四人、源助さんのとこたばこふかしながら世間話をしてゐぬ事はなかつた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そしてお猫さんの家中うちぢゆうを泥足でふんづけて帰つて行きました。
お鼻をかじられたお猫さん (新字旧仮名) / 村山籌子(著)